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2013.02.03 Sun
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

・・・って。
遅すぎるだろーーー!
今日はもう節分。
昨年11月3日には1年ぶりのオフ会を開催してたくさんの方に参加していただいたのに、そのお礼も書いていなかった。

あらためて、オフ会に来て下さった皆様、ありがとう!!!
今回は、今までのような50人を収容できる会場がとれなくて、Max40人の部屋だった。キャンセル待ちの方が大勢いて、半分くらいの方はお断りしなければならなかった。
オフ会は現在年に1回のペースでやっているので、人数的には50人くらいの方がいいのかもしれない。でも、今回いつもより10人少ないというだけで、とてもやりやすかった。
40人というとちょうどクラス一つ分だからか、全員と話が出来たし、後になって名簿をチェックしても一人一人の顔が浮かんでどんな人だったか?という印象も残っていた。
長年うちのオフに来てくれている人たちからも、今回は人数が少し減った分、まったり話が出来て良かったと好評だった。

多分次回もMax40人でやると思う。
でも定員がいっぱいになって来られなかった人たちのことを考えると、もう少しまめに少人数(10人くらい)のミニオフをするといいんだろうなあ。
チャットを新設したことだし、そこで話がまとまればさくっとミニオフなどを今年はやってみたい。実は今企画が進行中のミニオフの予定がある。興味のある方はチャットに参加してみてください。
最近私がしばらく行かなかった間に、お初の方たちのお名前を随分見かけるようになった。私はあまり早い時間は入れないけど、11時~11時半頃には入れる日もあるので、お会いしたらよろしく。

しかし。
私が更新していなかった間に、ビアン界にもいろいろ動きがあった。・・・かなあ?
最近とんとネットをチェックしていなかったので、動きがあったかどうかもよくわからない。
そういえば、ジョディ・フォスターが先日ゴールデングローブ賞の授賞式でカムアウトした。なぜ今さら?なぜこの時期に?という疑問もわいたが、今さらでもなんでも超大物スターがカムアウトしたことは嬉しい。
それにしても、カムアウトのスピーチのなかで元カノのシドニーさんに対して熱烈な謝辞を述べていて、これまた不思議だった。

"There is no way I could ever stand here without acknowledging one of the deepest loves of my life, my heroic co-parent, my ex-partner in love but righteous soul sister in life. My confessor, ski buddy, consigliere, most-beloved BFF of 20 years, Cydney Bernard. Thank you Cyd."

2007年に"my beautiful Cydney"と謝辞を述べて実質上のカムアウトか、と言われたのに2008年に破局。その後はこんな紆余曲折もあったけど、結局は元さや?いや「元カノ」と言ってるし、現在はシングルとスピーチの中でも言っていたので、やはり恋人関係は終わっているのだろう。
子供たちへの配慮かな?授賞式には子供たちも出席していたし、子供たちにとっては今もジョディとシドニーさんが親だ。まあよくわからないが、どんな関係であれ、ソウルメイトであるシドニーさんはジョディになくてはならない存在なんだろう。

いろいろ画像を見ていたら、こんな普段姿のジョディ&シドニーさんの写真が出てきた。

  Jodie-Foster-5797226.jpg
         シドニー&ジョディ

むーー。
めっちゃ地味。

この写真を見て、ある元カップルを思い出した。

NH33fa46_martina.jpg
       ナブラチロワ&当時の恋人、トニ・レイトンさん

どっっしゃーーー。
さらに地味。

でもナブちゃんは今は派手ーーな美女と一緒になっているけど。(こちら
こうしためちゃ気の強そうな人って、母親のような年上の恋人がいたりする。強いメンタルを持つ人って同時にすごくもろい面も持っていそうだし、素になって甘えられる存在が必要なんだろう。
日本でも、超素敵なあの方とかやはり母親のような年上の恋人がいる。

話はコロッと変わって、先日最寄りの駅から電車に乗ったら、「あれ?どこかで見たことがある人・・・ハッ、以前うちのオフに来ていた人!!」と気づいてびっくりした。
そういえば神奈川在住と聞いていたので、この電車(某私鉄)で偶然出会ってもおかしくはない。でも渋谷や横浜で会うならまだわかるけど、こんな自宅のそばで会うとやはりびっくりする。
向こうはお友達と一緒でおしゃべりに夢中になっていたし、ほどほどに混んでいたので私には気づかなかった。私も話しかけるつもりはなかった。お友達がノンケだったら、私に声をかけられても困ってあたふたしてしまうだろうから。

それにしても、その偶然会った方はとてもきれいで女らしくて色気もあって、男性がつい振り返って見るようなタイプだった。この人が実はビアンで女性の恋人がいて・・・なんて一体誰が想像するだろう。
私でも知らなかったら絶対わからない。
有名人がカムアウトしてくれるのも嬉しいけど、こうして一般の人たちの中に実はビアンやバイがいっぱいいる、と実感するのもさらに嬉しいことだ。
昨年の11月でこのブログを始めてちょうど5年が経った。ブログをやっている醍醐味もまさにそこにある。あそこにもここにも仲間がいる、と実感できて交流が持てるからこそ、こうして休み休みでもブログを続けていけるのだろう。

てことで、しばし休憩していたけど、ブログともども今年もよろしくーー!



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2011.03.21 Mon
大震災からもう10日が過ぎた。
まだまだ余震が続いているからか、あまりに大きな出来事だったからか、
ほんの2~3日前のことのような気がする。

亡くなられた方、愛する家族や恋人や友人を亡くした方、大変な被害に遭われた方・・・
その方たちのために、祈ることしか出来ないけど。
でも祈りは、大きなパワーだと思う。今すぐには形にならなくても、目に見えないものであったとしても、必ずいつか人々の祈りが大きな力に変わると信じている。

一個人としてやるべきことはいろいろあるけど、レズビアンである自分としての出来ることはないかと考えてみた。
やっぱりこのブログを充実させること。
最近更新が、1か月に1~2回になっていた。11月以降、7回しか更新していない!

本当なら4月半ばまで、毎土日がつぶれる予定だった。でもその全てのスケジュールがキャンセルになった。4月10日に名古屋ドームで行われるソフトボールリーグの開幕戦に合わせてミニオフをしようと思っていたが、それも中止。(ローレンはアメリカに帰ってしまった!)
その分少し時間が出来るので、ブログに力を入れよう。
震災や原発で不安な気持ちを抱えた人がここを訪れたときに、ちょっとホッと出来るようなものを。そのために特に心がけていることはない。今まで通りでいこう。但しもうちょっと頻繁に!

チャットも随分放置していたけど、当分は時間があるときに入ってみようと思う。
2~3日前、家でひとりでいる夜に結構大きな余震が2回続いた。ひとりだと、やっぱりすごく怖い。
ツイッターを見たら、怖い、もうやめてー、といったつぶやきが並んでいた。ビアンの人は一人暮らしの人が多いし、停電と重なっている地域もあるだろうから、さぞかし怖いだろうなあと思った。そのとき、チャットの存在を思い出した。怖い思いをしたときに、「今の怖かったねー」と話すだけで気がまぎれるんじゃないか。たわいもない話をするだけで、安心することもあるんじゃないか。
それで翌日、ツイッターで予告をしてチャットに入った。全部で10人ちょっとの人が来てくれた。その日来てくれたのはみんな私と面識のある人だったから、あの大地震の後にまたこうやってネット上とは言え再会出来たことが、とても嬉しかった。

初めての人は躊躇してしまうかもしれないけど、よかったら少し勇気を出して入ってみてください。常連の人も、新人さんが来るとみんなとても喜んでいる。
大地震で学んだことは、明日は今日の続きじゃないんだなあ、ということ。世界が一変するようなことがいつ起こるかわからない。だから今日できることはなるべく今日のうちにしよう。あのときああしていれば・・・と悔いのないようにしよう。
チャットでも、それがきっかけで出会いがあったり何かがほんの少し開けるかもしれない。

チャットと言えば、常連のもりと(さん)と震災以来連絡が取れなくて、とても心配していた。被災地真っ只中にいたから。でも6日目に連絡があり、無事が確認できた。本当に嬉しかった!!
たくさんの人がツイッターを通じてメッセージを送っていたが、ツイッターのパスワードを忘れて見れないそう。ネットも復旧のめどは全く立たないそうなので、彼女にメッセージを送りたい方はこちらのコメント欄に書いて下さい。このブログは、携帯から見れるそうです。
東北の貴公子も、無事です!!地震直後に私の彼女と奇跡的に連絡が取れて、その後途絶えたが、再び取れた。本当にホッとしたが、震災後、物がなかなか入ってこないとかニュースを見るたびに気になってしょうがない。

メッセージと言えば、このひとつ前のエントリーで紹介したのえさんの日記。
それを読んで何か心に残ることや感想があったら、のえさんのサイトの掲示板にぜひ書きこみしてください。
テレビが放映されて以来、サイトを訪れる人がとても増えたそうです。でもいったいどんな人が見に来ているのか、どんな感想を持ったのか・・・不明。
英子さん恵子さんはもちろん、私も待っています。

チャットをしていたら、「今こそオフを!」という声があった。
私もぜひやりたいと思うが、もう少し状況が落ち着かないと出来ない。
6月に出来ればいいなあと思っている。



明日(22日・火)の夜はチャットに入ります。
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2011.03.11 Fri
番組を見る前、私はとても楽しみにしていた反面、ちょっと怖いような気もしていた。
それは、娘・のえさんの死。
私には成人した息子がふたりいる。まだ子供のいない時には、子供を亡くす話(ドラマやノンフィクションや映画など)を見ることが出来たけど、子供を持ってからはそうした話を見ることが出来なくなった。もしも自分の子供が亡くなったら・・と想像するだけで恐ろしく、耐えられない気持ちになったから。

でも今思うことは、のえさん、本当にありがとう。
生前は出会えなかったけど、のえさんが遺した日記を読み、ずっといろいろなことを考えています。人と人とのつながりについて、家族について、親と子の関係について、孤独について。・・その他たくさんのことを。
そしてのえさんの死について語ってくれた英子さん、恵子さん。子供の死、しかも自死であるそれを番組の中で語ることは、「レズビアンマザー」であるとカムアウトすることと同じかそれ以上に大変なことだったと思う。
とても淡々と語る恵子さん。淡々と語れば語るほど、一体この人の中にどれほどの深い悲しみがあるのだろう、と思った。
英子さんの語る言葉は本当に正直で、真摯で、胸を打った。

番組の中で一番心に残ったのが、英子さんの語った言葉。
「亡くなったことを受け入れるのは、もう1度のえの人生総体を受け入れること。
 それが私に出来るのか、ていう・・」

自死によって残された家族が乗り越えるのは、その理不尽な死そのものだと思っていた。それによって引き起こされる絶望的な思いや悲しみを乗り越えていくことが、死を受け入れることだと思っていた。そうではなく、その人のそこに至るまでの人生まるごとを認め、受け入れること。そうだったのか・・・考えたことがなかった。
でもそうしてその人の人生をもう1度掘り起こし、受け止めていく作業は、残された家族にとってどんなにか痛みの伴う作業だろう。

私は番組を見終わってすぐに、おふたりのサイトに飛んだ。
その中の日記を読み始めて、のえさんのサイトがあることに気づき、そちらに飛んだ。
その1番上にあったのえさんの日記を読み始めたら、どんどん引き込まれて途中でやめられなくなった。あと少し、あと少しと思っている間に、全て読んだ。その後、明け方まで眠れなくなった。

亡くなる直前に自閉症と診断された(日記にははっきりそうとは書いてないが)のえさんにとって、生きること、人とつながることは、とても困難なことだったと思う。
日記の中で、のえさんの剥き出しの魂があちこち彷徨い、頭をぶつけたり、怒ったり、感動したり。人を求めて求めて、傷ついて、傷つけて。
そののえさんの日記が、こんなにも私を引きつけるのはなぜだろう。
それはきっと、私の中にものえさんがいるから。
誰の中にもいるのかもしれない。それを意識するかどうかはわからないが。

本当はここで紹介したいのえさんの文章がたくさんあるけど、ご本人の了解を得ることが出来ないし、それに私が書くより何よりとにかく日記を読んでもらいたい。
私は2度、読んだ。2回目も途中でやめることが出来なくなって最後まで読んだ。これからも、何かある度読み、考えていくと思う。
のえさんの日記だけではなく、英子さん恵子さんの日記も、私にとってはっと目を開かされたり考えさせられることがたくさんあった。のえさんの日記同様、これからも何度も訪れていくだろう。
だからこの番組との出会いは、私にとっての「始まり」だ。

番組に話を戻すと、見終わって1番に感じたことは、英子さん恵子さんの愛情の深さと絆の強さ、お二人を取り巻くお子さんたちの愛情と温かさ。
と同時に、恐らくこの家族にはたくさんの大変なことがあったんだろうなあ、テレビでは伝えきれないたくさんのことが。そしてこれからもきっといろいろなことが起こるんだろうなあ、と思った。
それは、おふたりがレズビアンマザーだからでも、時代のせいでも、地方に住んでいるからでもない。家族だから。家族だからこそ。

家族が単なる共同体や恋人どうしではない、本当の意味での家族に育っていくのは、良いことばかりではなく、様々な負の出来事や負の感情を経験し、共有し、それらを乗り越えたり乗り越える努力をすることによってだと思う。
それには結婚しているかどうか、子供がいるかいないか、異性か同性かは関係ない。
この番組を通して、あらためてそのことを強く思った。

私の中では、まだまだわからない部分もある。
それはこれからじっくり考えていけばいいと思っている。
私にたくさんの考えるきっかけと始まりを与えてくれたこの番組、英子さん恵子さん、のえさんはじめお子さんたちに感謝したい。



久々に1位になっていました。ありがとうございます!
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2011.03.08 Tue
先日、NHK教育テレビ「ハートをつなごう」の「ゲイ/レズビアン特別編」で取り上げられていたレズビアンマザー特集を見た方は多かったと思う。もし未見の方は、YouTubeに上がっているので、そちらで見てほしい。(パート1から4まで。パート1はこちら

35年間パートナーシップを組み、計5人の子供を育てたレズビアンマザーのおふたりの特集ということで、見る前からとても楽しみにしていた。画期的!と思うと同時に、やっとここまで来たのか、長かったな、という気持ちもあった。それは、私が初めてレズビアンマザーたちに出会ってから、20年近くが経っていたから。

今はなきミニコミ誌「ラブリス」の募集欄で見つけた「私たちはレズビアンマザーの会です・・・」の文字。そんな会があるのか!という驚きと、”レズビアンマザー”という言葉が存在するほど、私以外にも子供のいるレズビアンがたくさんいるのか!という驚きがあった。
10年ほど前に出会った私と同年代のある人は、
「自分以外に、結婚して子供のいるレズビアンなんて誰もいないと思ってた。
 いるとしても、日本に5人くらいかな?と思ってた」
と言った。
「そうそう、私も!!」
と盛り上がった。
その友人は、ネットを始めるまで自分以外のレズビアンに会ったことがなく、レズビアンって映画や小説の中だけにいるのかなと思っていたそうだ。ネットを始めて突然世界が開け、その後離婚、今では見事レズビアンとして開花されている。
ネットが出来る以前は生きたレズビアン情報が本当に入ってこなかったので、自分以外のレズビアンが一体どんな人たちで、どんな生活や恋愛をしているのか、全くわからなかった。

私が連絡を取った「レ・マザー(レズビアンマザー)の会」は当時出来たばかりだった。
関西に最初レマザーの会が出来て、関東の方はその支部だったと思う。今も活動をされているのかどうかわからないが、本当にいろいろな人がいた。
私が出会ったのは10人ほどのレズビアンマザーとそのパートナー数人だったが、子供を持つまでの経緯も状況も考え方も生き方もまさに十人十色だった。
ほとんどが、離婚して子供をひとりで育てているか、独身で子供のいないパートナーと一緒に暮らしている人だった。ハートをつなごうに出ていた英子さん、恵子さんのように、それぞれが子連れで共に生活しているのは、関西レマザーの会の一組だけだった。

そのカップルの方たちに聞いた話ですごく印象的だったのが、関西いのちの電話の人たちが、いろいろお話を伺いたい、と訪ねて来られたということだった。
当時、私の身内が仕事でいのちの電話に関わっていたので、その電話がどういうものかはよく知っていた。誰にも話せない悩みを抱え、行き場をなくし、多くは死を考え、藁にもすがる思いでかけてくる。それがいのちの電話だった。
今なら誰にも話せない悩みも、匿名でネットで誰かに聞いてもらったりアドバイスがもらえるが、それがない時代、駆け込み寺のような存在だった。
そのいのちの電話の人たちが、共に子供を育てているレズビアンマザーのところに話を聞きに来るということは、恐らく結婚している同性愛者や将来を思い悩む同性愛者やその他たくさんの孤独なレズビアン、ゲイの人たちからの相談があったからだろう。

ハートをつなごうを見た人の感想で、「レズビアンマザーと言っても、一度は男性と結婚して子供を産んでいるのだから、レズビアンではないのでは?」といった意見をちらほら見た。でもそれは今だからそう思うのであって、昔とは全く事情が違う。
同性愛は今では想像もつかないくらいのタブーであり、レズビアンがレズビアンとして生きていく選択肢などほとんどなかったと思う。
私でも、60歳以上のレズビアンには1~2回しか会ったことがない。
60歳以上の女性は日本に600万人いるそうで、同性愛者は10人に1人と言われているのでその計算だと60万人はいるはずだ。でも実際にレズビアンとして生きてきた人は6千人もいないんじゃないか。(全体の0.01%)いやひょっとしたら600人かも。(0.001%)

私が
「60歳以上のレズビアンにちっとも会えない、どこに行けば会えるんだろう?」
と言っていたら、ある人が
「いや実は60代以上の人の集まりがあるんだよ」
と教えてくれた。
私と同年代で年上専のその人は、その集まりに行ったことがあると言う。聞くと、10人ちょっとの集まりで、全員が結婚し(今も)、子供も孫もいる人たちだそうだ。「親友」と称する恋人と時々会ったり年に何度か旅行をしたり。
そんな話を聞いたら、「結婚しているくせに!」と若い人たちはやっぱり思うだろうか。
私はその話を聞いて、とても切なくなった。レズビアンがレズビアンとして生きていこうとしたら、そんな風にしか生きられない時代がたしかにあったのだ、と思った。

だから、今回の英子さん、恵子さんのように今から35年前に出会って恋して離婚して、共に子供たち5人を育てて、今テレビの前でカムアウト・・なんて、なんてすごい!一体何者!?と思っていた。
そのテレビを見ての感想は2で書く。
感想・・と言うより、私にとっては始まり。番組を見てからずっと考えている。いろいろなことを。
とりあえず、明日(9日)がお休みなので、絶対書くぞ!・・と宣言しておこう。



出来れば(2)をアップしてからコメントいただけると有難いです。
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2010.09.12 Sun
更新が、3週間も空いてしまった!
パレード?何年前の話だろう・・・
というほど遠い記憶になりつつあるが、せっかくなので、残りの写真もアップすることにした。
どのフロートの写真だったか記憶が曖昧になっているが、雰囲気だけでも伝えたい。

DSCF6793a.jpg
    こちらはBrass MIX!フロートの先頭写真。公園で演奏中もずっと旗振り。

20100814 174
         「TOKYO Gay Night」フロート。 こちらはモデルの方。

         20100814 183

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           すっごく目立っていたおねーさま。背が高い!!

          20100814 197
            こちらも目立ちまくりだった。同じく背が高い!!

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       ゲイナイトフロートらしいおしゃれな人も多かった。左の男性、うちわで自己主張。

          20100814 204
            東京の夏!フロート。浴衣の人などがいた。

そしていよいよ唯一の女子フロート、「She Loves Her」。

20100814 219
       
上の写真、トラックに乗っていたLez Lifeのmachibiさんから、顔出しで写真載せていいよと言ってもらったのに、machibiさんがちびっこすぎて(笑)、姿が見えなかった。彼女さんの方も、たまたま「We are in love」のボードに顔が隠れてしまい、残念だった。でも本当にお似合いのカップルさん!

友人カップルに会ってきゃっきゃしてたりして、あまり写真が撮れていないが、何枚かアップ。

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                 いえ、ありません...。

20100814 251

最後の写真のグループは、同じフロートだけど、前の集団と数メートル離れて歩いていた。
このフロートの「カップルを祝福するイメージ」に反発を感じた人たちのグループだったようで、前を歩いていたたくさんの女性たちとはだいぶ異質な雰囲気だった。
写真だとわかりにくいが、「婚姻制度反対!」「カップル主義反対!」などの文字が並んでいた。

私自身は、日本でもし同性婚が認められるようになっても、結婚はしたくない。相手が男性とは言え結婚を経験して、結婚制度そのものに疑問を持っているし、結婚に対してなんの夢も憧れも持っていない。
同性パートナーの権利は守られるべきだと思うけど、それは現行の結婚制度ではなく、何か他の法律が出来ればいいと思っている。
でも、好きな人と結婚したい!という気持ちもよくわかるし、同性婚を望む人がたくさんいるなら、ぜひそれは実現すればいいなと思っている。実現したときに、自分は選ばない、というだけのことだから。

このフロートの「カップルを祝福するイメージ」=「カップル主義」とも、思わない。
そもそもこんな風に道の真ん中で手を繋いで歩けるのは、年に1回じゃないか。いや暫くパレードは中断していたから、数年に1度か。堂々と仲良く手を繋いで歩けばいいし、結婚したいなら「結婚したい!」と主張すればいい。それを見て、ああ女同士のカップルも男女のカップルと同じだな、と思う人がひとりでも多く出てくればいいと思う。
それに、今ラブラブのカップルでも明日にはどうなるかわからない。ジョディ・フォスターだって、13年付き合った彼女と別れた。逆に、一生ひとりで生きていく!と思っている人も、明日恋に落ちるかもしれない。
誰にとっても「カップルで生きること」も「シングルで生きること」も決して他人事ではないだろう。

このプラカード作りを呼びかけた人のブログを読むと、

 女が貧乏なのは、「いずれ結婚して家庭に入る」ことを勝手に想定されて
 賃金が安く見積もられているせいなのに、その部分を是正しない限り、
 貧乏な女同士がカップルになったって生活は不安定のままのはず

という下りがあった。
たしかにこれは、ビアンに限らず多くの女性が実感していることだと思う。
でも、じゃあ婚姻制度をなくせ!と言ってなくなったとしても、現状は変らないと思う。問題は、婚姻制度そのものではなく、人々の意識だから。
「女性同士のカップル」や「女性同士の結婚」を望む人がたくさんいる、と世間に伝えることも、「女はいずれ男と結婚し、家庭に入り、子供を産み育て・・・だから低賃金でよい」と考える、古い意識の人たちに一石を投じる充分なアプローチになると思う。

一見、前を歩いていた集団と、最後の集団と、相反する主張をそれぞれにしていたように見えるけど、本当はどちらも密接に結びついていると思う。
でもやはり、次回からはもう少し女子フロートが増えればいいと思う。全体的にもゲイの男性が圧倒的に多かったし、女子フロートが増えれば、参加する女性ももっと増えるだろう。



まー、自業自得なんですが、10位からも落っこちそう・・・1日1クリ、ご協力お願いします!!
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2010.08.19 Thu
DSCF6869a.jpg

第7回東京プライドパレード。
上の写真は、学生フロートの車の接写。これは私ではなく友人が撮った。
私はスタート地点に近いところで撮影し、友人は中間地点で撮って、それを送ってくれた。
ここにアップする写真は、大方は私の撮影したものだけど、一部は友人撮影。
「パレード中の写真は顔の判別のつかないものを」ということなので、判別されそうなものにはぼかしを入れた。

もし処理が不充分な場合は、連絡してください。サングラスをかけていたり仮装している場合は、ぼかしを少なめに入れているので、ご本人が見れば不充分と思われるかもしれません。
また、「私の美しい顔を消さないで!」というご連絡もお待ちしています。本当は、皆さん本当にいい表情をしていて、ぼかしを入れるのが忍びなかったので、顔を出してもいい!というご連絡があれば、嬉しいです。

前置きが長くなったけど、スタート。

20100814 007
          あ!来た来た!!! 待つこと10分。まわりにはゲイの人が多かった。

20100814 010
          最初のフロート

角度を変えて。(以下2枚友人)

DSCF6764.jpg

DSCF6766a.jpg

上の写真の真ん中にも写っているけど、戦国武将!!
私の目も釘付けだった。

          20100814 017
          かっこいい!! でも・・・激しく暑いのでは。苦行のゲイ武将。

そうこうするうちに2番目のフロートが。
そこに、見たことのあるお顔を発見!世田谷区議会議員の上川あやさん。
上川さんは、私の隣で見ていた友人と、お友達だった。
その友人を発見すると・・・

         20100814 076
            「んまあ~~~、奥様、久しぶり!!」      (注:友人は独身。笑)

         20100814 079
              「もうやだっ、こっちいらっしゃいよっ!」

上川さんの美しいお顔に見惚れてぼうっとしていたら、次のフロートが。
キタキターー、ガチムチアニキ軍団!
         
20100814 090
                どどどどどどーーー

20100814 094
                どーーーーーん!

20100814 098
           「おおーー、写真、写真!」 ゾロゾロゾロ...

友人は、このフロートを後ろから撮影した写真を送ってくれた。こちら

DSCF6859.jpg
           みんなとってもよく似ている! 人類皆兄弟な後ろ姿。

やはりこのフロートが1番インパクトがあって、沿道からも、「おおーー!」という声が上がり、盛り上がっていた。
どこに待機していたのかと思うほど、私のまわりにも男の人が集まってきた。
でも実を言うと、私の次男(大学生)がトラックに乗っていた人に負けないくらいのガチムチで、鍛えた身体なので、私にとっては非常に見慣れた光景というか肉体だった。
なんつーか・・・

   息子がいっぱい!!!

という気分で、とても親近感が沸いた。
(息子のセクシュアリティは不明)

この「BULK」ガチムチお兄さんたちとは体型的に対照的だったのが、この次の学生フロート。

20100814 117
           おにーさんの後では、より一層華奢に見えた。

この学生フロートは、思い思いのメッセージを掲げて歩く人が多かった。

         DSCF6870.jpg
                 入り口は、人それぞれ。

         DSCF6874.jpg
                パートナーが外国の方なのかな。

20100814 276
       福島みずほさんと石川大我さんもこのフロートに。これはfinishのとき。

公人や、マスコミなどに顔を出している方たち以外は顔を出せないのが、本当に残念。
学生フロートは、カメラを向けると思い切りピースをしたり、元気いっぱいだった。

とりあえず、力尽きたので、続きは2で。
最後に、印象に残ったメッセージボードを少々アップ。

         20100814 034
        この方のお顔を出せないのが残念!ボードに描いている猫ちゃんそっくりだった。

         DSCF6853.jpg
         アニキフロート。今日はほんとにまわり、ゲイがいっぱいですね。

         DSCF6767a_20100819224623.jpg
         そう、そして年齢も関係ない!時折70代以上の方を見かけた。



明日から代々木で写真を撮ってきます。 1日1クリ、応援よろしくお願いします!
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2010.03.21 Sun
(1)をアップした後、反響がすごく大きくて、びっくりした。
Twitterの方では、「押して!押して!押し倒されろ!」のゆうさんはじめ、たくさんの方が取り上げて下さって、おかげでいろいろな意見に触れることが出来た。(私が(1)の冒頭で書いた、「興味深いやり取り」の発端となったのは、ゆうさんのツイートだった)
ストレートの方からもいくつかメッセージをいただき、それも嬉しかった。

Twitterを見ていたら、

  日本では、なぜ「レズビアン」が「レズ」と「ビアン」に分かれちゃったんでしょうね。
  ふつうに「レズビアン」でよかったのに。

と書かれていた方がいて、ちょっと笑ってしまった。たしかにその通りだ。
そんなわけで、「レズ」に引き続き、「レズビアン」、「ビアン」について書いてみたい。

私は、60年生まれだ。(計算しない!)
思春期を迎えて、最初にしたのが辞書を引いたこと。「同性愛」の項目。
そこにはまあ、異常性欲とか性倒錯とかおどろおどろしい言葉ばかり並んでいたわけだけど、「レズビアン」という言葉や項目があったかどうかは覚えていない。(多分、あったと思う)
その辞書を引いたときの衝撃は、もう言葉に出来ないほど大きなものだった。が、私はさらに、「自分は何者か?」と知りたくて、学術書を片っ端から読んだ。
うちには、親の仕事の関係で、精神医学の本や心理学の本が山ほどあった。
どの本にも必ず「同性愛」の項目があって、読むとさらに落ち込むことばかり書いてあった。その内容はともかく、lesbian、レズビアン、レスビアン、といった言葉も並んでいて、言葉の起源なども知った。

そう、レビアン!!!
かつてはなぜか、レスビアンと書いてある本も、レズビアンと書いてある本もあった。
まあ「leSbian」だからだろうけど。
リリアン・フェダマンの名著「Odd Girls and Twilight Lovers」の翻訳本(96年)も、「レスビアンの歴史」というタイトルになっている。
一体どっちやねん?と思っていたけど、人々が口にするのは「レズビアン」だったから、こちらが正しいんだろうと思った。

余談だけど、そうした本には、なぜ同性愛者になるのか?といった考察も、いろいろ書かれていた。
脳がどうの・・とか、親子関係が原因とか、胎児のときになんらかの刺激が・・・とか。
どれもこれも私には納得出来ないものだったけど、時は70年代~80年代はじめ。同性愛がバリバリ病気、異常とされていた時代だったから、私がどう抵抗しようと無駄だった。
でも、思っていた。

  なんであたしがヘンタイなんだよ!!!

どうしても納得できなかった。
それで、雑誌、新聞などで、同性愛関連のどんな小さな情報でもいいから飛びつき、小説、映画、作家、シンガー、アスリートなど、同性愛と思われる作品や人を探すことに没頭した。
これが今の私のゲイダー、オタの原点だ。
誰も、「あなたはおかしくない、それでいいんだよ」と言ってくれる人がいなかったから、自分で自分に「大丈夫」と勇気づけるしかなかった。
1番勇気をもらったのは、ナブラチロワだった。国を捨て、カムアウトし、親からも縁を切られ、大変な苦汁をなめ、それでも女王として君臨し、人々からあんなに尊敬されている!本当にミラクルな存在だった。(当時はまだ、あんなに女性と別れるのが下手な人だとは知らなかった)

話がそれたが、「レズビアン」。
90年に入って、WHOの「病気ではない」宣言がきっかけだと思うけど、突如ゲイブームがやってきた。
雑誌やテレビで盛んにゲイ・レズビアン特集が組まれるようになり、キンズやたまごなどのビアンバーが出来、2丁目が頻繁に紹介され、ラブリス(ミニコミ誌)が生まれ、その主宰者であった掛札悠子さんが日本で初めて本名・顔出しでマスコミに登場されるようになった。

そんな中で、「今こそ誇りを持って、レズビアンを名乗ろう!」といった空気が、たしかにあった。
この名乗るというのはカムアウトのことではなく、自称という意味。
「レズ」という単語は、あくまで非当事者が当事者を侮蔑するために使った言葉であり、レズビアンの自称として存在していたわけではない。
そんな「レズ」に対して、「私たちはレズじゃない、正式名はレズビアンですよ!」といった動きがあった。
闘う系の方たちは、「私たちレズビアンは~」と、レズビアン、レズビアン、と連呼していた記憶があるし、掛札さんの著書のタイトルも、「『レズビアン』である、ということ」だった。

(その前、80年代はどうだったかと言うと、初めて2丁目に行った82年は、皆「同性愛者」と自称していた記憶がある。「レズビアン」とも言ってたかもしれないが。この辺りは、すごく昭和の香り。)

そんな正式名である「レズビアン」だけど、自称としてはあまり定着しなかった。
「レズビアン」には抵抗のある人も多かった。
ひとつには、「レズ」同様、ポルノのイメージが強かったこと、また、今まで肯定的に「レズビアン」という言葉を使われたことがほとんどなかったこと、などが挙げられると思う。
でも、1番の理由はこれだと思う。

   なげーーーよ!

5音節で2つも濁音がある。しかもそれが連続(ズビ)している。
見たり書いたりする場合には、パッとかたまりで目に飛び込んでくるので問題はないが、口にするのは困難だ。
私が「レズビアン」を口にする場合、まず「レズ」で苦しかった青春時代が走馬灯のように蘇り、「ビ」で涙目、「アンー」で、「ああ、言い切ったーーー!」という達成感と疲労感でぐったりしてしまう。
それが、「レズビアン」。

自称としての「レズビアン」が定着しなかったために、いくつかの候補が浮かんでは消えていった。
外国では、女性も男性も同性愛者は「ゲイ」と呼ぶから、日本でもそう呼ぼう、という動き。
でもやっぱり「ゲイ」じゃ男か女かわからないから「ゲイ・ウーマン」と呼ぼう、という動き。
他にもいくつかあったように思うが、いずれも定着せずに消えていった。

そんな中で、いつの間にか広まり定着したのが、「ビアン」。
90年代前半には聞いたことがなかったので、90年代半ばか後半に出てきて、ネットの爆発的な普及(98年)に乗って、全国的に広まったのだと思う。
「レズ」は非当事者によって押し付けられた言葉だが、「ビアン」は初めて当事者の中から生まれて定着した言葉だ。しかも、候補は他にもいくつかあったのに消えていき、唯一残った。
いわば、「レズビアン呼称界のサラブレッド」と言ってもいい。

サラブレッドなだけに、「気取ってる」とか、苦労知らずで「なんかダサい」と言われることもあるようだ。(Twitter調べ)
でもまだ生まれて10年ちょっと。長い目で見てほしい。
それに、言葉はネガティブな気持ちで使っていると、どんどんネガティブな性質のものになっていく。
その単語が好きとか嫌いとかはあっていいと思うけど、使う以上はポジティブな気持ちで使いたい。
それに、「ビアン」という言葉がダサいとすると・・・

  ビアン通信って、まじダサい!!

ってことになる。ひーーー。

でも私はこのタイトルが気に入っている。これは、ブログを作ろうと思ってすぐに浮かんだタイトルだ。
別に蔑称を避けてとか、そんな意図は全くなく、直感的に5秒で決まった。
私が持っていた「ビアン」という呼称へのイメージは、歴史がなくてなんだか軽いなあ、というもの。
でもその軽さが、真面目なんだか冗談なんだか、真剣なんだかミーハーなんだか、混然としている、私のキャラとこのブログのイメージに、合っていると思った。(自画自賛)

ダサい、って言われるなら、ダサくないように使い倒してやる!って思っている。

それに、やっぱりこの「ビアン」で救われた、という人はいっぱいいると思う。
20代の若い人たちでも、「レズ」と聞いただけでぴくっと反応してしまう、「レズ」も「レズビアン」も口に出来ない・・・という人をたくさん見かけた。
ある人は、親の偏見がひどくていつも差別的な言葉で傷つけられる、またある人は、高校のときに噂になって散々「レズ」と陰口を叩かれたから、「レズ」も「レズビアン」も口に出来なくなった、「ビアン」という言葉を知ったときは本当に嬉しかった・・と書いていた。

私は時々、地方に住んでいる20代の人たちからメールをもらう。
それを読んでいると、デジャブのように、私たちの若いときと何も変ってないんじゃないか?と思うことがある。
親に全く理解がない、まわりにセクシュアリティについて話せる友人がいない、もちろん出会いもない・・・。

この世界も、強い立場にいる人、恵まれた人、発言力のある人の声がクローズアップされがちで、本当は一番汲み上げなきゃいけない立場の人の声が、反映されにくい面があると思う。
そしてそれはそのまま自分に跳ね返ってくる。
以前、付き合っていた人に言われた。

  あなたはとても強い人だけど、世の中、そんなに強い人ばっかりじゃないんだよ。
  弱い立場の人もいっぱいいる。
  もっと、そういう人たちのことを考えないと、ダメだよ。

(1)で書いた、「レズ」と自称することに関しても、まだ迷いがある。
(誇りを持って「レズ」と自称しようとしているその気持ちはわかる、でも本音を言えば、やっぱりイヤだ、「レズ」っていう言葉は聞きたくない!)
そう思っている人が、本当はたくさんいるんじゃないか?
いまだに傷ついている人がたくさんいる中で、今自分が使うのは、時期尚早なんじゃないか?
もちろん、日常で使うときには、気心の知れた人といるときにしか使わない。その人にどんなバックボーンがあるのかわからないときには、使わない。でもこうしたブログでは?
そう思う一方、ギャグにからめて使い倒してやる!「レズ」のイメージを変えたい!そんな気持ちもある。
どう使っていくのが一番いいのか、まだ私の中で考え続けている。

私は個人的には、欧米のように、「ゲイ」が女性も男性も同性愛者全般を指す言葉になればいいのに、と思っている。男女で分ける必要はないから。それになんと言っても、「ゲイ」は言いやすい。
ただ、今だと「私はゲイです」と言っても、「??」となるから使っていないが、それも使う人がどんどん増えれば変っていくんじゃないか。トライする価値はあるかもしれない。

長々と書いてきた。
どんな言葉を使うにせよ、その言葉の背景にあったものは、忘れないでいてほしい。
「レズビアン」の過去を知り、今を知り、過去を見つめ、未来を見つめていってほしい。



久々に1位に復活することが出来ました。ありがとうございます!!!
つかの間の1位気分を・・・1日ワンクリ、よろしくお願いします!
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2010.03.14 Sun
先日、ツイッターを見ていたら、「レズって蔑称なんですか?」と多分ノンケの人からビアンの人に質問があり、そこに端を発していろいろな人がいろいろな意見を入れていて、興味深かった。
私もそこにからみたいと思ったが、140字じゃとても書ききれないと思い、あきらめた。
レズ、レズビアン、ビアンなど、女性の同性愛者を表す言葉はいくつかあるが、それらについて今思うところを書いてみたい。

私は、「レズ」という言葉を、ここ1~2年、使っている。
それまでは、使おうとしても、口にしようとしても、出来なかった。私が若い頃、「レズは蔑称ですか?」どころではなく、蔑称も蔑称、大蔑称だったから。「レズ」は私に、かつての苦しかった時代を思い出させる。今でも口にするたび、胸が痛む。本当は、見るのも聞くのも嫌な言葉だった。

じゃあなぜそんな言葉を、使い出したのか。
それは、時代の流れと共に、「レズ」の言葉の持つイメージが、変ってきたと感じるから。
当事者も、非当事者も・・特に若い人は、レズ=女性同性愛者、という意味以上の、なんらマイナスのイメージなく使っていることが多い、と感じるから。

蔑称とは、そもそも「蔑む対象」があって、はじめて成立する言葉。
若い人たちが、「レズ」を屈託なく使えるのは、蔑称だった時代を知らないこともあるだろうけど、もはや同性愛者が侮蔑や嘲笑の対象ではなくなってきたことの証しとも思える。それは喜ばしいことだと思う。
もちろん、世の中がそんなに単純ではないこともわかっている。依然として、そうした侮蔑や差別はある。
でも現在は、同性愛は病気ではなく性指向のひとつであり、同性愛者だからという理由で差別してはいけない、ということになっている。それがたてまえに過ぎない人もいるだろうけど、実際に同性愛に否定的な考えを持たない人や世代も確実に増えていると思う。

90年にWHOが「同性愛は病気ではない」と宣言するまで(国際疾病分類から外されたのは93年)、同性愛は長い間病気であり、治療の対象だった。性的異常、異常性欲、性倒錯とされていた。当時は辞書で「同性愛」や「レズビアン」を引くと、そうした言葉がずらりと並んでいた。
性的異常者であり、変態なんだから、同性愛者のことは蔑んでもよかった。いや、そこまではっきり口にする人は当時でも少なかったと思うが、人々の意識の中ではそうだった。

以前にも書いたが、82年、私が初めて2丁目に行ったとき、そこで出会ったひとりの人は、
薔薇族を買いに行って、レジにいた店員に
「あ、こいつ、レズだぞ!」
と叫ばれ、そこにいた人たちに
「レズ!レズ!」
となじられ、逃げ帰ったと言っていた。

またある人は、親にレズビアンであることがばれ、「このレズが!」となじられ殴られ、無理やり精神病院に入れられた。
そしてこれはーいつか機会があれば書いてくださいと言われていたーまた別の人の話だが、その人が当時付き合っていた恋人と、急に連絡が取れなくなった。どうしたのかと思ったら、恋人は親にレズビアンであることがばれ、精神病院に入れられていた。
その後、その恋人は入退院を繰り返し、さらに、親から縁も切られ、仕事は医療関係だったので、精神病院に入院したということで職も失い、現在は生活保護を受けて暮らしているという。

いずれも80年代、現在は40代の人たちの話だ。ほんの20数年前のこと。
こうした過酷な体験をした人は少なくないが、実際に話を聞く機会はほとんどない。
心の傷が深すぎて、言えないんだと思う。

私には、レズ!となじられた経験はないが、忘れられないシーンがある。
90年代初め、WE(宿泊イベント)に参加したとき、私は子供のいるグループと一緒だった。ほとんどが離婚して子供をひとりで育てていたので、WEにも子供を連れて来ていた。私はひとりで参加していたので、お母さんたちがワークショップに参加している間、プレイルームのようなところで子供たちと遊んでいた。
「レズよ、レズ」
という声が聞こえたので、振り向くと、初老の女性が3人、窓辺に立っていた。その宿泊施設に来ていた地元の趣味サークルの人たちだった。
目に浮かんでいたのは、侮蔑でも嫌悪でもなく、恐怖の色だった。
恐らく生まれて初めて動くレズビアンを見て、しかも子供を連れている。全く理解できない、わけのわからないものに対する恐怖だったと思う。
そのとき私がどう感じたのか、よく思い出せないが、あの目の色だけははっきりと焼きついている。

当時、クローゼットにいたので、自分はひどい経験はしてないという人も多いが、どの人にとってもショッキングな出来事だったのが、佐良直美事件(スキャンダル)。
80年、佐良直美の元恋人だった女性タレント・キャッシーが、振られた腹いせに、芸能リポーターに密告した。歌にドラマに司会に大活躍の佐良直美だったけど、一大スキャンダルとなり、連日、レズ、レズビアン、とマスコミで叩かれ、消えていった。そのときの報道たるや、凄まじいものだった。
「レズビアンであることがばれると、あんな風に社会から抹殺されるんだ・・と、一生のトラウマになった」
と言った人もいた。
佐良直美は、そのへんの平凡なタレントではなかった。レコード大賞受賞歌手というだけでなく、東京の御三家のひとつ(美智子皇后も同窓)の出身で、深窓の令嬢、頭も抜群に良かった。クイズ番組は総なめ、話も上手くて紅白では5回も司会を務めた。今で言うとだれ?と聞かれても、思いつかない。それくらい非凡で人気もあった彼女なのに、まるで犯罪者のように叩かれ、消えていった。
(ただ、才能のある方なので、今は実業家として大成功されていて、それは本当に良かった)

「レズ」が蔑称か云々よりも、かつてそうした時代があった、そしてそれを知ることの方が、大事かもしれない。
若い人たちにとっては、単に歴史の一部かもしれないが、40代以上の人にとっては、それが通ってきた道であり、現実だったから。
「レズって蔑称なんですか?」と聞いたり、蔑称と知らずに使っている人がいれば、こうした過去を、歴史を伝えてほしい。

私にとって、若い人のように屈託なく「レズ」という言葉を使うことは不可能だ。
でも、かつての傷ついた自分、失われた過去を取り戻したくて、あえて「レズ」を使っている。
もちろん、嫌なものを無理やり使う必要はない。歯を食いしばり、額に汗して「レ・・ズ・・」という必要もない。
その時々に応じて、使いやすい呼び名を使えばいい。
たとえどんな呼び名を使おうとも、私は自分が同性愛者であることに、誇りを持って生きたいと思う。



「レズビアン」「ビアン」などその他の言葉についても書こうと思っていたけど、長くなったので次回に。
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2009.12.31 Thu
題名を見て、ああ、kooも悩んで心のバランスを崩したのか・・・と思われたかもしれないが、息子のことで相談したくて、行った。
本当は本人を連れて行きたかったのだが、自分は病気じゃない、行かない、と言い張る。メンタルクリニックは本人なしでは受診が出来ないので、その気になったときにすぐに連れて行けるよう、まずは私が病院に行って、いい先生を探しておこうと思った。
私は「悩んで眠れない、不安、イライラ、落ちこみが激しい」ということで診てもらい、どんな先生かをチェック。そして、うまくいけば息子に関しても何かアドバイスをもらえるかもしれない、と思い、行った。

その前に、「交流分析エコグラム」というのを皆さんご存知だろうか。
自分の性格や行動タイプを知るための分析で、とても有名なのできっと一度はチェックされたことがあると思う。私もはるか昔にやった記憶があるが、このエコグラムをなぜか最近また人に勧められ、このページを開いてやってみた。(ほんの数分で出来るので、よかったら皆さんもやってみて下さい)
この中で、「AC(自由奔放でワガママだけど創造力のある子供)の部分の点数が低く、FC(従順で協調性のある、少し引っ込み思案な子供)の部分の点数が高い人は、心の病気にかかりやすいので注意しましょう」とあった。
私の場合、ACが20点(20点満点)で、FCが2点。心の病からは遠いタイプだ。
「あなたは病気ではありません!」と言われたらどうしよう、という不安もあったが、時々眠れなくなるのは本当だし、不安やイライラ、落ち込みもある。まあなんとかなるだろうと思った。

(1)1軒目
これがもう、結論から言うと、悪徳医師!!2度と行かない!!
弱者を食い物にする医師って本当にいるんだなあと思った。おかげで、負けるもんかとガッツが沸いて来たので、ある意味名医(?)かもしれない。

最初、電話をすると、「看護師の○○です」という人が、私の病状や家族関係について、詳しく聞いてきた。私も正直に答え、3日後に予約が取れた。すると、「初回だけ、診察前に4500円振り込んでいただきます」と言われた。えっ?と思ったが、ああきっと鬱の人とか、いざとなると行けなくなってしまう人が多いからだろうなあと思い、翌日振り込んだ。
3日後、病院に行くと、アンケート用紙を渡され、20~30の質問について書かされた。
・夜、眠れない  (めったにない、時々ある、たいていある、いつもある)
といった質問が並んでいて、あてはまるところを○で囲んでいった。
ひとつ、印象的だったのは、
・異性に興味がある

・・・ない!ないない!!ぜんぜんない!!!

ビアンだもん。
「異性に興味がある」ではなく、「恋愛に興味がある」に変えるべきだなーと思った。

その後、すぐに診察室に呼ばれた。院長(男性)は、ネットで見たより若い印象。30代半ばか。
初診は50分間ということで、電話で聞かれたようなことを次々聞かれた。
でもこの先生、私の顔をほとんど見ない。下を向いて、私が質問に答えたことをひたすら書き写すだけで、たまーにちらっとしか見ない。患者の表情を見ないで診察が出来るのかな?と、ちょっと疑問に思った。
それと、家族のことや別れた夫のことは詳しく聞かれたが、私自身のことはあまり聞かれなかった。身体の症状は聞かれたが(頭が痛いですか?など)、それ以外にはほとんど聞かれなかった。

私は、元夫が鬱だったときに、何軒かメンタルクリニックに一緒に付いて行っているので、初診で聞かれることはだいたい予想がついていた。でもなんだかこの先生は違う。問題の長男の方ではなく、元気いっぱいの次男の大学での部活動まで聞かれたのに、私自身に関する質問はほんの少し。
それに、長男のことで「やっぱり病院に連れてきたほうがいいでしょうか」とか「来るのを本人が拒否している場合、どうしたらいいでしょう」とか、2~3質問してみたが、それに関してはただ微笑むだけで、一言も返ってこなかった。

そして、
「不安障害ですね。カウンセリングをお薦めします。併設するカウンセリングルームがありますので・・・」
と言われた。
「今は、元ご主人のこと、お子様のことで、ご自分を責める気持ちでいっぱいでしょうし」
とも言われた。

      責めてないし!!!

あのときああしていれば、という後悔はあるけど、自分を責めても、子供を責めても、元夫を責めても始まらない。それより、今の自分に何が出来るか?子供のために何をすればいいのか?という気持ちでいっぱいなのに、と思った。
カウンセリングに関しては、1~2回受けてみてもいいかな、でもたしか、長期契約のようなことがHPに書かれていた気がする・・・と考えていると、
「数回試しに受けてみたらどうですか?いろいろなカウンセラーがいますし。もしそれで気に入ったら、正式に契約して、同じカウンセラーと毎週1回、カウンセリングを受けていただきます。今から予約を取りに行かれませんか?」
と聞かれた。
そのとき、(カウンセリングルームというのがどんなものか見てみたい!)という気持ちがふつふつと沸いてきて、とりあえず行ってみることにした。

診察が終わると、すぐに受付で呼ばれた。
会計は、事前に4500円払っているから、ほとんど払わなくてもいいかな?と思っていたら、「3600円です」と言われた。
えええーーーーー!?どこの初診でも(元夫のとき)、そんな高額を払った記憶はない。せいぜい2千円ちょっと。
そして、「はい、こちらにサインして下さい」と言って、紙を渡された。
見ると、小さい薄い字(コピー)でびっしり書かれた書面だった。私はまだ辛うじてローガンズ(老眼)の仲間入りをしていないので読めるけど、彼女なら絶対読めないなあと思った。それに何より、こんな細かい字を、鬱の人が読めるんだろうか?と思った。欝がひどくなると、書類1枚でも読むのが辛くなる、書いてあることが頭に入ってこなくなると聞いている。

「これはなんですか?」と聞くと、
「今後診療を受けていただく上での注意点です。了解されたらサインをお願いします」

書いてあったことの要点をまとめると、
□当院の予約料は、事前徴収とさせていただいています。
 初診予定日の前日までに、銀行振込みをお願いします。予約のキャンセルは1週間前までです。

□当院では、緊急対応や、医師による電話での対応はしておりません。

□当院は院内処方となっております。院外処方の交付は出来ません。

□当院ではカウンセリングとの併用による治療を特色としています。
 カウンセリングの併用を希望されない場合や、カウンセリングを途中でやめた場合は、
 他院への転院をお願いします。

え?さっき医者は、カウンセリングを受けても受けなくてもいいという口ぶりだったし、併用しないなら診療出来ないなんて、ひとことも言わなかった。
しかも院内処方?いまどき、古い医院でもないし、繁華街でまわりに薬局もいっぱいある。
(後で調べてわかったが、院内処方だと薬に関しての一切が病院の収入になる。そのため、患者を薬漬けにしたり高額な薬を処方したりという医師もいるのだそう)

そして、受付の人は
「これはもう4500円振込みいただいているので、関係ないですね」
と言って、一番上の□にチェックを入れた。
そのため、私はこのとき、この部分を読まなかったのだが、実はこの部分が一番問題だったかもしれない。

書類を読み終え、もうこんな病院、来ない、と思ったので、どうでもいいや、と思い、サインをした。
病院を出てすぐに、領収書をチェックした。あの4500円はなんだったんだろう?と思い、見ると、「予約料」(自費)と書かれていた。初診の予約に4500円?有り得ないーーーー!!
しかも、次回の予約にも300円取られていた。「検査料」として80点も加算されている。検査なんてしていないし。アンケートに記入したのを検査と称しているんだろうか?

別ビルにあるカウンセリングルームに行くため、歩き出したが、もうこのまま帰ろうかなと思った。でも、これを渡してくださいと書類も持たされていたので、とりあえず向かった。
カウンセリングルームに入って、名前を呼ばれるまで2~3分だったが、壁に張ってある紙を隈なくチェックした。すると、

・初回予約金として4500円をいただきます。
 (またかよ!)

・初回面接は、集団お見合いのような形になります。たくさんのカウンセラーの中から、ぴったりの人を選んでいただきます。
 (カウンセリングはお見合いか!?)

・初回面接の後、正式契約を結んでいただきます。契約は、半年です。
 (半年間は治らないってこと?それに、数回お試しをした後で、気に入れば契約だったのでは??)

名前を呼ばれて一室に入ると、一見優しそうな40代半ばくらいの男性がいた。暖かそうな茶色のもこもこのセーターを着ていたが、よく見ると毛玉がいっぱいあり、それが妙に気になった。
「お座りください」と言われて座ると、ああこれは立ち上がるのも一苦労だなと思うほどふかふかの椅子だった。
カウンセラーの○○です、と名乗った男性は、ゆったりした口調で話し始め、
「今から10分~15分ほど、説明させていただきます」
と言った。
「あ、仕事の時間が迫っているので、5分でお願いします」
と言うと、
「ああ、そうですか」
と慌てて早口で話し始めた。すると、カウンセラーっぽさが消えるなあと思った。

説明が終わって、
「予約を取って、帰られますか?」
と聞かれたので、
「今日急にカウンセリングの話を言われて、急には決められないので、ちょっと考えます」
と答えた。
「じゃあまたよかったら、お電話で予約して、来てくださいね」
と言われた。
「はい」
とにっこりしながら、

    二度と来ねーよ!!!

と心の中で呟いた。

(2)その後
2軒目に行ったクリニックの医師は、とてもいい先生だった。
「本人に会ってないので断言は出来ないけど、恐らく病気ではないでしょう」
と言い、たくさんのアドバイスをくれた。
そうか、ただのアカンタレだったか・・・と思ったが、医師のきっぱりはっきり力強いアドバイスのおかげで、心がとても軽くなった。私が病院に来た趣旨も、全て見通しているようだった。

そんなわけで、現在は落ち着いているが、あの最初に行ったクリニックは酷すぎる!と、今思い出しても憤りを覚える。
あんな風に次々勧誘のようなことをされて、きっぱり断れるような性格の人なら、クリニックには来てないだろう。藁をも掴む気持ちで来ている人が、いっぱいいるはずなのに。
書面にサインをさせたのは、後で4500円を返せと言われたり、カウンセリングをやめたいと言われたときのためのものだろう。
私があの病院に行ったのは、ネットで評判が良かったからだが、後で見直すと、どの口コミにもカウンセリングのことが書かれていない。併用が診療の条件のはずなのに、そうした内容の口コミがないのは、恐らく全て内部の人間が書いたものだからだろう。

カウンセリングについても調べてみたら、大学で教えている、臨床心理士の人のブログに、

  面接料は毎回支払うというのが大原則です。
  時々、「前もって数回分を要求する」というような方法を取るカウンセラーがいるようですが、
  そのようなカウンセラーは「いんちきカウンセラー」の可能性が「大」だと思われます。


とあった。
なぜなら、患者の状態も状況も刻々と変る可能性があるので、カウンセリングをやめたくなったらいつでもやめられる自由を保障してあげるのが必要不可欠、と。
毎週1回、半年契約のカウンセリングルームって、一体・・・?


長々と書いてきたが、気がついたら今年もあと半日!
何かあっても、まあなんとかなるさ!と思って、来年も乗り切って行きたい。
こんな私でもひどく落ち込むときもあるが、
「ダメダメ、どんなときもユーモアを忘れないのがkooの良さでしょう」
と言って励ましてくれる彼女に、さりげなく気を遣ってくれる友人たちに、見ず知らずの私に嬉しいコメントを下さる方たちに、そしているだけで癒してくれる猫クーちゃんに、感謝したい。

   笑う門には福来る!

今年一年、有難うございました。来年も、よろしくお願いします。
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2009.12.17 Thu
前回アップしてから、10日が過ぎた。
嗚呼、いつものペースに戻ってしまった!
その間にも、下の記事への拍手が毎日じわじわと増えていた。
この拍手は、一体何に対する拍手なのか?いまいち、わからない。
やっぱり『49歳2ヶ月』に対する拍手なんだろうか。

 「年なのに、がんばってるね!」(44歳、ビアン)
 「49で現役だなんて、自信がつきました。」(32歳、ビアン、彼女なし)
 「びっくり!うちの母親より年寄り!」(22歳、学生)

こんな感じで、思わず押してくれたのかな、と想像している。
あるいは、
「はやく更新して~!」
かもしれないが。

ここ1~2週間、実を言うと、子供のことで頭がいっぱいで、PCもろくに開けなかった。
ひどく落ち込むようなことばかりが続いて、さすがの私も何をする気力も沸かなかった。
でも、やっぱり落ち込んでばかりもいられない、ガンバローと思うようになった。

子供の頃、漠然と描いていた幸せの形があった。
まだセクシュアリティなんていう言葉も知らず、意識もなかった頃。お嫁さん願望はなかったものの、きっといつか結婚して家庭を持って、子供たちにも恵まれ、夫婦仲良く暮らすんだろうと思っていた。
子供たちに対しても、漠然とではあるが、こんな風に育ってほしいとか、こうすれば幸せになるんじゃないかとか、思っていた。

でも、人生、予期せぬことばかりが次々起きる。
そのたびに、自分の中にある幸せの基準のようなものを、修正しないといけなかった。
でも本当は、幸せの基準なんてどこにもない。どんな人生にも、幸せはあるし、不幸せもある。
そんな当たり前のことを、この年になってしみじみ思う。

でも、子供を亡くした親はどうだろう。
先日、日本を発つ前、成田でインタビューを受けていた、リンゼイさんの父・ビルさんをニュースで見た。
市橋容疑者のことを聞かれ、気丈に答えていたビルさんだけど、インタビュアーがいなくなってひとりになると、こらえきれなくなって泣いていた。
娘を亡くし、しかもあんな理不尽な殺され方をして、この人の胸に、いつか幸せの灯がともる日は来るんだろうか。きっとこの先、どんな瞬間も、娘のことを忘れる日はないだろう。
小さくなっていくビルさんの姿を見ながら、どうか強く生きてほしいと願った。

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