ビアン通信 2008年02月
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2008.02.27 Wed
※ケリー・マクギリスの結婚に関するエントリーはこちら
※ケリー・マクギリスのカムアウトに関するエントリーはこちら
 以上、ケリーの検索でこちらのページに飛んでくる方が多いので、ご参考までに。(2010.09.21追記) 
 
The L Word Season5の最新、第8話(508)。
homosexual conductの疑いで、軍の裁判にかけられたターシャ。そのターシャのセリフに思わずうるっ。今回のこの裁判の話は、とても面白かったが、ネタバレになるので詳細は省略。

今回取り上げるのは、military lawyer(ターシャを糾弾する側)役のkelly McGillis。

  mac.jpg
         ケリー・マクギリス

トップガンなどで皆さんおなじみだと思うけど、ケリー・マクギリスと聞いて思い出すのは、昔ジョディと噂があったこと。ジョディが今のシドニーさん(15年に渡る関係)と出会う前、「告発の行方」(原題「The accused」)で共演した頃だから、もう20年前か。もちろん真相はわからないが、この時期、ジョディがケリーに(人として)非常に傾倒していたのはたしか・・というのを、大橋美加著「私の偏愛シネマ・ガイド」で、読んだ記憶がある。

ケリーは、若い頃にレイプ体験があるのに、「告発の行方」で最初はレイプ被害者の主人公サラ役をやろうとしていた。が、あまりに記憶が生々しく、不可能で、結局サラはジョディが演じることになり、ケリーは検事補役をやった。そして、自身のレイプ体験も公表。こうした経緯を考えると、彼女は本当に強い人だなあと思う。
色恋抜きにしても、ジョディは年上で強くて頼れる人が、好きなんだろう。
年上で強い人?・・・あ、アタシアタシ! (ナニイッテンダカ。)

ケリーは、2度結婚したが、2度とも離婚し、娘がふたりいる。現在50歳。
7年前に「ポエトリー・セックス」(「The Monkey's Mask」)で、ビアンの間で話題を呼んだが、私は未見。相手役のSusie Porterが可愛く(かなり好み)何度か見ようかな、と思ったけど、あまり評判が良くないので、二の足を踏んでいる。

  susiemc.jpg
     左・Susie、右・Kelly。 スージーがケリーに捕食されてる!

特に、このふたりの中年女性のベッドシーンの評判が、悪いようだけど、それは何故なのか。単に若い人たちから見て、中年ふたりのベッドシーンが、うへ~、なのか。それとも、ほんとにmiddle age組が見ても、うへ~、なのか。この映画を見た方、感想をぜひ。

508の感想を書こうと思ってたのに、middle-ageなベッドシーン話に。
気持ちを切り替え、次はベットとティナ・・・と思ったが、ベットがあまりにうだうだしているので、パスして、Adele。(誰も興味ない?)
507のAdeleを見たとき、私はこの映画を思い出した。

  swf.jpg
    ルームメイト(「Single White Female」)

amazonのページにある「商品の説明」を見ると、プロットが一目瞭然。
「野暮ったかった同居人が、次第に自分そっくりになり、見た目だけでなく、アイデンティティそのものも奪われそうになる恐怖をジワジワと描いていく。」
最初は主役のブリジット・フォンダ(この頃は本当に可愛かった)目当てに見た私だけど、ジェニファー・ジェイソン・リーの怪演に、目が釘付けだった。
ビアン映画とは言えないが、心理的にそれに近いものを感じさせる映画。

507を見たときは、おおこれは、「ルームメイト」のような恐怖の展開が待っているのか!?と期待に胸を躍らせた。

  adele4.jpg
           右、髪型を変え、新しく変身したAdele

  adele5.jpg
          元祖、crazy Jenny。(最近は、comical Jennyに)

そっくりになったAdeleとJenny。そして、誰もいないスタジオで、監督Jennyの椅子に座り、「Cut...Print...」と呟くAdele。この507を見て、わくわくしていたが、508を見る限り、Adelleは単なる策士か?
う~ん、単なる策士なんて、私のAdeleじゃない!一見正常なる狂気を持ったAdeleが、狂いつつ、「輝くアタシを見てくれ!」と高笑いをする場面を想像していたのに。
いや、まだ今後、どうなるかはわからない。

The L Wordシーズン5も、あと4話。
主役の皆さんの今後に注目しつつも、脇役ウォッチャーの旅は、まだまだ続く。

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2008.02.24 Sun
■chat
チャット、設置しました。
    こちら。 (右のプロフィールからも飛べます)

今なぜチャット?
先日、「何か面白いことが出来ないかな」と書いたら、チャットをつけてほしいという声がいくつかあったのと、私自身も、絶滅状態の今だからこそ面白いかも、と思って設置した。
とりあえず1ヶ月間(3月いっぱい)、試験的にやってみたい。需要がない、何か問題がある、となったら撤退。
今ならL Word話題で盛り上がると楽しいかも、と思い、「L Chat」と名付けた。(えろchatではない) 勿論、なんの話題でもOK。
私も、出来る限り、覗いてみようと思っている。
とりあえず、今晩(24日)入るので、良かったら、気軽に参加してみてください。

■コミュ
今年の元旦に、mixiでコミュを作った。
なぜ元旦?・・・暇だったから。

「海外レズビアンCULTURE!」。  
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2933706

ベタな名前だなあ。
でも趣旨がわかりやすいかと思って。その名の通り、海外のレズビアンカルチャーを知りたい!語りたい!という方たちのためのコミュニティ。
最初は数人だったけど、ぽつりぽつりと増えて、現在は27人。
以前のサイトのときのような掲示板は、運営が大変だけど、こちらは気楽にのんびり出来て、◎。
参加者の皆さんのおかげで、私の知らない知識も増えた。
mixiをやっている方で興味のある方は、こちらも、気軽に参加してください。

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2008.02.19 Tue
■石原有記ライブ
       Wonderfull Life Ⅱ (ゲスト:マイラ・ケイ)
日時:3月9日(日)PM4:30開場 5:30開演
会場:赤坂ポップコーンクラブ (地図
料金:4500円

  yuyu.jpg

いきなり、なんだろう?と思われたかもしれないけど、私の大好きなお友達、ゆうゆ(石原有記さん)のライブ。
2丁目「madonna」(マドンナ)に去年から入っている、背の高いヅカ風のあの素敵な方、と言えば、ああ!と思われる方も多いのでは。
ゆうゆに初めて会ったのは、7年くらい前かな。おぉ、一体何モンだよ!というカッコ良さ。
歌を歌わせたら、あまりの上手さ、かっこ良さに、失神者続出。
その後、よく聞いたら、本職だった。

しばらく歌の世界を離れていたけど、去年の11月に再びライブを。
会場を埋め尽くすたくさんの人に、私はちょっと圧倒されながら、聴いていた。
しょっぱなから、ノリノリで、ゆうゆワールド炸裂!

後半、
「ライブで初めて歌います。デビュー曲の”薄荷煙草”。」
ハッカタバコ?なんか聞いたことあるような。
そしてイントロが。

・・・知ってる!!っつか、歌える!フルで!!
私は当時、歌謡曲大好きっ子だったから、歌詞もメロディも鮮明に思い出せた。
レコ大はじめ、その年の新人賞を総なめにした、石原祐の「薄荷煙草」。
私ってば、なんつー迂闊。「昔の芸名は石原祐」って、ゆうゆから何度も聞いてたのに。
「いしはらゆう?」と平仮名で浮かんで、わからなかった。

  yuyu1_20080219100009.jpg

この頃は、素敵な兄気風だったけど、今はもっとソフトな感じ。
ゆうゆが石原祐だった、というのもびっくりだけど、もっと驚いたのは、
「それなのに、こんなにスレてないの?」ということ。
バリバリ芸能の世界、魑魅魍魎の世界に身を置いて、普通ならぐっちゃぐちゃにすれてもおかしくないのに。pureで、いつでも永遠の少年のような人。

興味のある方は、ぜひ3/9、赤坂へ。(千代田線「赤坂」2番出口を出て、右に歩いて即)
料金の4500円には飲食代が含まれていないので、安くあげたい方は、すぐ傍のタリーズで少し腹ごしらえをしてから行かれると、良いのでは。
ヅカファン、GAOファン、オラオラ系じゃないソフトな兄貴ファンの方に、特にお薦め。

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2008.02.15 Fri
先日、「Two Girls in Love」(「2ガールズ」)の記事をアップした3日後に、AfterEllen.comにローレル・ホロマンのインタビュー記事が出ていた。
知らなかった!この映画の後、一緒に働いていた誰かと恋に落ち、それが彼女にとって、女性との初めての体験だったとは。検索したら、セクシュアリティについて語っているローレルのインタビュー記事が、いくつも見つかった。

tina5.jpg      
          この後、real lifeで、女性との初恋が。

ローレルは、インタビューの中で、「みんな(2ガールズを見た人たち)、私のこと、どこかその辺のストリートから連れて来たと思ってるでしょう。」(思ってた!)
でも実際には、彼女はRandy(上の写真)とは全く違っていたから、外見を変え、沢山のリサーチをしたと言う。監督・脚本のMaria Maggentiも、オーディションに現れたローレルは、明るい金色の妙にきちんとしたロングヘアだったと言っている。

  tina7.jpg
     当時もこんな感じだったのか(-12歳)

でもオーディションに来たローレルは、ヘアスタイルはともかく、驚くほどRandyのことをよく理解していたとか。ただ、ローレルには女性との経験はなかったから、キャラクター作りの上で、監督のMaria Maggentiにはものすごく助けられたそうだ。彼女はとても情熱的で素晴らしい人、とローレルは言っている。(以前コメント欄に、Maggentiが本編にも出演と書いたが、間違い。すいません。)

このMaggentiは、公開当時のインタビューによると、2度カムアウトしている。
若い頃にlesbianとして1度カムアウトしたが、その12年後にある男性と恋に落ち、それによって非常に混乱したと言う。そして、もう1度カムアウトし直した。(バイとして)
ストレートの女性がlesbianに目覚めたのとは反対のケースで、面白いなあと思う。
私は、ローレルの相手はこの監督だったのではないか、と勝手に想像している。

  maria.jpg

あまり美人ではない?
でも美しい女優は、才能に惚れるのが、定説。
自分が小さい頃から、可愛い、きれい、可愛い、きれい・・・と言われ続けているから、相手の外見には重きを置かないのでは。
ちなみに、Jodieの場合。

Foster.jpg
         my beautiful Cydney

でも私の勝手な想像なので、「実は叔母さんだった」ということも大いに有り得る。(か?)
ひょっとしてエキストラかもしれないし、とにかくこの「2ガールズ」のスタッフの殆どが女性で、そのまた殆どがlesbianかbisexualだったという。
どんな可能性もあるし、本当のところはわからない。

aunt1.jpg
            Dyke好みなら。Randyおば(右)

vin1.jpg
   ヴィンテージ好みなら。モーテルで遭遇・・・「だんなに頼まれて来たの?」

ローレルのインタビューに話を戻すと、AfterEllenでは、
「2ガールズを撮った後、一緒に働いていたある人に恋をした。それが多分、女性との初めての経験になった。それは本当に素晴らしい経験だったけど、もうそんなことは二度と起こらなかった。あれば良かったんだけど。」 (ある、ある!)
そして、「でも今は、結婚しているし。私はモノガミーだし。結婚して、とっても幸せよ!」と続く。
なんで「多分」なのかな、と思ったけど、他のインタビューでは、16歳のときから自分はバイじゃないかと思っていた、と語っているし、女子校育ちなので、もどきはあったのかも。

lesbian雑誌「Curve」のインタビューでは、さらにストレートに語っている。
初めての女性との恋が終わった後、
「他の女性との出会いを探したけど、もう出会わなかった。」
「で、結局夫と出会って、結婚したの。あー、もっとたくさんの女性と出会ってたらなあ(笑)」

ちょっと夫が気の毒な気がしないでもないが、彼女がバイとわかっていて結婚しているのだから、いいのかな。夫は建築家で、写真を前にどこかで見たけど、ごく普通の人だった。(きっと才能はあるのだろう)

tina8.jpg

The L Wordのティナは、紆余曲折の末、再び幸せにたどり着きそうだけど、ローレルは、何処へ行くのか。
私がティナもローレルも好きなのは、ふたりとも「彷徨っている」感があるから。
AfterEllenの記事を読んでいると、ローレルは驚くほどティナについて、深く掘り下げて考えている。きっと自分のこともいろいろ考えているんだろう。

女性との初恋がうまくいけばいいけど、それが終わったとき、悩みは深くなるように見える。付き合っているときは、「性は関係ない、この人だから、好きになったんだ」と思えるけど、終わっても女性を求める自分に、戸惑い、自分探しが始まるのかも。

今後のローレル、そしてティナに、注目していきたい。

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2008.02.10 Sun
■ネット開始
ネット以前、ネット以降。
日本のLGBT界にとって、最大のヒット、最大の転機は、ネットの普及だった。
それ以前、コミュニティや2丁目に出入りしていた人は、ごくごく一部だったと思う。

私も、99年の春からネットを始めた。
ビアンの人ならきっとみんな、ネットを始めてすぐに、「レズビアン」などの用語で検索したり、HPを探したんじゃないかと思う。
私もそうしてみた。これで仲間を探せる!と思うと、わくわくした。でも、検索が下手だったからか、まだビアンサイトが少なかったからか、変なエロサイトばかりヒットした。たまに見つかっても、会員制のビアンサイトが多かった。匿名性がネットの良さだと思っていたので、会員にはならなかった。だんだん検索することから遠ざかった。

それに、私には、するべきことがあった。
「ノボトナは、ガチか?」-これを調べる必要があった。いや、必要はないけど。
これを知るべく、こちらにも書いた通り、せっせと海外テニスサイトに通った。日本のテニスサイトにも通った。
なにしろ、私のオフ会初体験は、「ノボトナファンのオフ」だ。これがもう、本当に良い方たちばかりで、とても楽しかった。皆さん、私と同じようなオタ魂を持った方たちばかりで、常に海外サイトをチェックし、せっせと情報を収集されていた。
その後、私がオフ大好きになったのは、この初オフ会があまりにも楽しかったから。
やはり、私の原点は、ノボトナだ。

しかしこのノボトナとの蜜月も、じき終わった。彼女は、引退してしまった。
それで、当初の目的だった「ビアンの仲間を探す」ことに、精を出すようになった。
私がノボトナにうつつを抜かしている間に、ネット人口は爆発的に増えていた。ビアンサイトも急増していた。いくつかお気に入りのサイトが見つかった。
私は、オフやイベントには、どんどん参加した。サイトの雰囲気をよく見てから参加したので、それ以前のようにいやな思いをすることは、殆どなかった。

そのうち、自分でもサイトを作りたくなって、作った。
最初は、エッセイと日記、掲示板とチャットだけのシンプルなサイトだった。
次第に、人が集まるようになった。オフ会も、毎回上限の40人ほどを超える申し込みがあった。(二次会にまわってもらったりした) たまたまその回に参加出来なかった人たちから、「また次も早くしてください」とチャットやメールや掲示板で言われ、じゃあ・・とまた次のオフを開催。気がついたら年に4~5回は、オフをするようになっていた。そのうち1回は、必ず関西オフ。こちらも40人ほどだったが、とてもノリが良く、楽しかった。
チャットも多いときで20人を超えた。私も知らなかったが、それが上限で、20人を超えると、誰かがそのチャットから弾き出される。みんなで笑っていると、自動的にまたその人が戻って来て、違う誰か、あるいは自分が弾き出される。そんな人数では会話にもならないが、わいわいやっているだけで、楽しかった。

そんな風に人が来てくれたのは、「恋人を作ろう」が目的ではなく、「友達を作ろう」「外に出て、話をしよう」が目的のサイト、オフ会だったからだと思う。サイトを始めて気がついたのは、今までいかに、その人ひとりきり、あるいは彼女とふたりきり・・のクローゼットの世界にいた人が多いか、ということ。
ビアンのオフやイベントは初めて、という人が多かったので、オフの前には何度もメールのやり取りをした。それでも不安な人には、事前に会ったりもした。

オフばかりやっていたわけではなく、コンテンツも増やしていった。
このブログに連動するような内容ー「Book&Movie」(ビアン・ゲイ映画、本の紹介)、「スポビアン」(ゲイテイストな女子アスリートの紹介、コラム)、「三面コラム」(誰の心にも残らないニュース記事の紹介)など。
個人的には、そうした軽めのコンテンツが気に入っていたが、1番評判が良かったのは、1番真面目に書いていた「エッセイ」だった。「なぜ?」と彼女に聞くと、「そりゃあみんな真面目だからよ」と言われた。そうなのかなあ?

■今
サイトは5年ほど続けたが、ある日唐突に閉じた。
やめたきっかけ、理由はいくつかあったけど、今考えると、そりゃあ続かないよなあ、と思う。年に数回のオフ、千通を超えるメール(ほぼ返事は書いた)、チャット、更新・・・気がついたら自分の時間はほとんどなくなっていた。と言うより、寝食削ってやっていた。
寝食削っても平気なくらい、情熱はあった。でもそれを上回る、予想を超えた人数の人たちが来て、それでもペースを落とさずやろうとして、疲れてしまったんだと思う。
もちろん、ひとりでやっていたわけではなく、様々な面でサポートしてくれた友人たち、そして彼女がいたから、5年間続いた。

サイトを唐突に閉じたから、見ていた方たちからメールを結構いただいた。
最初の人のメール。
「・・・なぜ閉じたのか、理由は聞きません。」
へ、なんで?
次の人のメール。「理由は聞きません。」
また次の人。「理由は聞き・・」

ぎゃ~~~、みんな私が彼女と別れたと思ってる!
別れてません~~~~~~!!!

その頃、「管理人が急にサイトを閉じるのは、彼女と別れたとき」というのがデフォだったから、そう思われたようだ。

それから2年近く、旅(?)をしていて、ビアンサイトを全くと言っていいほど、見なかった。
久々に見てみたら、ビアンネット界も随分と変っていた。SNS、ブログ全盛になって、以前あったようなビアンサイト(website)の多くが閉じられ、ごく少数派になっていた。人の出入りも少ない。
理由はわかる。私はHPビルダーでサイトを作っていたが、非常に手間がかかる。それに比べて、ブログは超簡単。それと、見る側から言うと、mixiなどで仲間同士の交流があるので、わざわざサイトの掲示板に書き込みしたり、チャットしたりする必要がない。

でも、以前あったあの熱い雰囲気が、今のビアンネット界にはなくなってしまったのが、ちょっと寂しい。以前は、うちのサイトだけじゃない、どこのサイトの管理人にも情熱があったし、そこに集まる人たちの間にも熱気のようなものがあった。これを伝えたい、聞きたい、話したい、というようなものが、双方にあって、そこで未知の人どうし、沢山の交流も生まれた。
今は、主に横のつながりはなく、縦の交流の世界。縦と言うより、「あなたと私」の世界か。ブログのコメントは、記事を書いた人に宛てたものだし、SNSの日記のコメントも同じ。書いた人とそれを読んだ人の間には交流が生まれるが、横の広がりはない。

SNSのビアンコミュなど、細かく参加者の資格を制限しているところも多く、時代が逆行しているような危惧を感じる。でもSNSの性質上、それも当然なのかもしれない。
ネットという開かれた世界の中に、閉じた世界を作り出したのが、SNSだから。
会員制、ググッても引っかからない、嫌な人はブロック出来る・・など。
以前は、「ビアンと言ってもいろんな人がいるなあ」と、なんでもありのネットの世界だったが、SNS内では住み分け化が進んでいる。そうした住み分け、区別が、やがて知らぬ間に、ビアンコミュニティ内での差別に繋がっていかなければいいが、と思う。

全世界に向けて開かれた、しかも匿名でOKという、ネットの普及のおかげで、日本のlesbianの世界は大きく変った。何処に住んでいても、仲間と出会えるようになった。
でも最近は、より個人的な、より閉じた世界へと向かっているような気がする。
なんだかもったいないなあ、と思う。それ以前に、本音を言えば、なんだかつまらないなあ、と思う。

そんなような話を、以前リンクしていた(今もしている)友人としていて、よし、じゃあまた作ろう!と言って、ここを始めた。前回の教訓から、自分の本当に好きなことを、好きなようにやろう、と思ったら、これっきゃない、という感じで、海外ビアンculture Blogになった。(たまにこうしたコラムのようなものも書きたい)
でもここもブログだから、横のつながりはもてない。横に交流が広がるような、何か面白いことが出来ないかなあ、と今、考えている。

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2008.02.06 Wed
(2)15年前
■ゲイブーム
もう2度と来ることもないと思った2丁目に、再び行くようになったのは、15年前。
「『レズビアン』である、ということ」の著者・掛札悠子さんのおかげだが、当時はゲイカルチャーブームだった。

91年に、伏見憲明氏が日本初のカミングアウト本、「プライベート・ゲイ・ライフ」を出し、雑誌「クレア」で「ゲイ・ルネッサンス91」という特集が組まれた。92年には「別冊宝島・ゲイの贈り物」「別冊宝島・ゲイのおもちゃ箱」の2冊が刊行された。いずれもゲイカルチャー中心だが、ビアン映画や本の紹介も豊富にあった。
その前に、87年に別冊宝島から「女を愛する女たちの物語」が刊行された。これは画期的な本だった。沢山のlesbianの生の声を集めた日本初の本で、沢山の人が、この本によって救われた、勇気づけられた、と言うのを聞いた。私もそのひとり。

そんな状況の中、登場したのが掛札さん。
「『レズビアン』である、ということ」を出版し、TVや雑誌など、様々なメディアに現れた。実名で顔出ししてマスコミに登場した、初めてのlesbianだった。
そして掛札さんは、ミニコミ誌「ラブリス」を発行。こちらから連絡を取り、会員登録し、家まで「ラブリス」を郵送してもらうシステム。その時代に、見ず知らずの人に自分の本名と住所を教えて「私はレズビアンです」などと言うような行為は、怖くて誰も出来なかったと思う。でも掛札さんが著書を出し、メディアに顔を出し、「ラブリス」について一生懸命語ってくれたおかげで、みんな彼女を信用し、会員になれたのだと思う。多いときで、1500人ほどいた。
「ラブリス」はメッセージ欄が中心になっていて、誰でも匿名でメッセージを載せられた。それに対して来た手紙を、編集部が転送してくれた。

その頃(93年)、kins womynが出来、そのkinsをはじめ、ビアンバーが、TVや雑誌で度々紹介されるようになった。
私は、ラブリスで知り合った人と、10年ぶりに2丁目を訪れた。ここが本当に2丁目?みんな本当にlesbian??そこには、どこにでもいそうな学生や、OL風の人で溢れかえっていた。

kinsのカウンターに座っていたら、隣に、大学生と思われるカップルが来た。ひとりは、髪の長い、とても綺麗な人で、どこからどう見ても「お嬢様」という雰囲気だった。
10年前とはあまりの違いように、(この人、間違って来たのかしら?)と思ったが、見ていると間違いなくカップルだった。
それ以外は、ひとりで来ている人が多かった。みんな黙々とお酒を飲み、誰もしゃべらず、お互い決して目を合わさない。視線を感じてそちらを見ると、慌てて視線を逸らされてしまう。最初は、何故なのかわからなかったけど、そうか、ここにいる人たちは皆ものすごく緊張しているんだ!と気がついた。TVなどの影響で初めて来たか、それに近い人たちだったと思う。

■イベント
私は1年ほどの間、2丁目に行ったり、イベントに参加したりした。でもまた足が遠のくことになった。そのきっかけは、Weekend。(泊りがけのイベント)
Weekendと言っても、今ある「ウーマンズ・ウィークエンド」(WWE)とは違う。別物だ。
後になって知ったのだが、私が参加したWeekendは「バイお断り」、というものだった。それに対してバイもレズビアンも関係ない、女性ならOK、というのがWWE。その第1回目のWWEは、私が参加したWeekendの直後に行われた。
後で聞いて、そちらに参加すればよかった!と思った。ただ集まって話をするだけなのに、なぜ「バイお断り」になるのか? 私には、全く理解できない。
セクシュアリティー以前に、人は皆ひとりひとり違うのだし、その違いの中にこそ、学ぶ部分が多いのに。
(私はいつもこのブログで、「ビアン」「レズビアン」「lesbian」と書いているけど、それはバイセクシュアルも含めての表現だ。)

私は、ラブリスを通じて、あるグループを知り、そこに入っていた。そのグループの人たちに誘われて、WE(Weekend)に参加した。ラブリスやメディアのおかげか、すごい人数の人が来ていた。150人(200人?)はいたと思う。
でもそこに来ていた人たちは、kinsで見た人たちとはだいぶ違っていた。10年前に戻ったかのようだった。化粧していたのは、私ひとりだった。そのことに気づいたのは、1日目、あるワークショップ(分科会)でだった。

そのワークショップでは、化粧が話題になっていた。曰く、
「化粧は男の目を意識してのものだ!」
「化粧は男に媚びるための道具だ!」
「だから、レズビアンなら化粧なんてするべきじゃない!」

それを聞いてた私は、ひっくり返りそうになった。そして、
「私は世界にたったひとりになっても、お化粧する!おしゃれする!それは私の美意識の問題だ!」と内心で叫んだ。でも、発言はしなかった。その頃には、言葉の通じない外国にいる気分になっていたから。
これじゃあ、お化粧している人は、ここに居にくいだろうなあ・・・と思ったが、まわりを見まわすと、誰一人お化粧していなかった。それから、WEにいる間中、お化粧している人を探したが、誰もいなかった。でも私は構わず2日目もお化粧した。ピアスも指輪もブレスレットも、普段通りにした。

もうひとつ、びっくりしたことがあった。
WEが行われた宿泊施設には、一般の様々なグループが来ていた。
そして、WE参加者がロビーに全員集合する機会があり、そのときに主催者の人が「レズビアンが~」と大きな声で言うので、近くにいる人たちがびっくりしてこちらを見る・・ということが、何度かあった。
それで誰かが、「私は地元民なので、近所の人に会うかもしれない。”レズビアン”と、ロビーで大きな声で言うのは、控えてもらえませんか」と言った。すると、参加者の中から、
「レズビアンが恥ずかしいのか~!」
「レズビアンは恥ずかしいことじゃない!」
「なぜレズビアンと言えない!」
・・・・・・・・・
さすがにとりなす人も出てきたが、叫んでいる人たちを見ていたら、まさに「糾弾」という言葉が浮かんだ。

なぜ、ここにいる人たちは、自分の価値観が絶対で、自分とは違った価値観を認めようとしないのだろう?
なぜ、こぶしを振り上げて、価値観の異なる仲間を非難したり、糾弾するのだろう?
それじゃあ、「gay」「lesbian」というだけで差別する、ホモフォビアの人たちと、なんら変わりがないじゃないか、と思った。
もちろん、全員がそうだったわけではなく、個人的に話すと、とても常識的な良い人も沢山いた。でもその人たちは、私と同じ心境だったのか、殆ど発言しなかった。

さらにもうひとつ、忘れられないことが起きた。
1日目、あるワークショップの後、ひとりの若い人が「ちょっといいですか?」と話しかけてきた。私より10くらい若い大学生だった。
彼女曰く、ずっとセクシュアリティーのことで悩んできたが、まわりに誰も相談する人がいなかった。それでこれに参加したが、ここの雰囲気になじめなかった。今、あなた(私)の発言を聞いて、この人なら・・と思って、声をかけた、ということだった。
そう言われて素直に嬉しかったし、しばらく話をした。彼女の学校でのことや、友達のことなど、聞いたと思う。
翌日、また彼女が私のところに来て、話をしたいと言った。それで、今度は少し時間をかけて話をした。詳しい内容はもう覚えていないが、ふたりで芝生に座って話をしたのは覚えている。

その後、私が参加していたグループの主催者に、呼び出された。
「あなた、ここに、何しに来たの?」
「?????」
最初は何を言われているのか、さっぱりわからなかった。が、その若い大学生のことを言われているのだと、気がついた。私がナンパしたとでも?あきれて、言葉もなかった。
たしかに可愛い子ではあったけど、そんな気持ちは全くなかったし、話している内容も、ごく真面目な内容だった。
そうしたことも何も知らないのに、いきなり「ここに、何しに来たの?」
・・・そうか、私も糾弾されているんだ、と気がついた。

(「L」ブーム(3)に続く)

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2008.02.03 Sun
昨日、久々に2丁目に行った。と言っても、わけあって、昼間に立ち寄ったので、人などいない。・・・と思ったが、ゲイの人がぽつんぽつんと立っていた。

そして昨日、たまたま「Lの世界」のCMを見た。CMで見られるなんて、ウソみたいだなあと思った。これは間違いなく、Lブームになるだろう。
今とはだいぶ雰囲気が違うけど、15年前にもlesbianがブームになった。「『レズビアン』である、ということ」の作者、掛札悠子さんが、テレビや雑誌に顔出しし、精力的に語り、彼女が立ち上げたミニコミ誌「ラブリス」を宣伝し、そのおかげか、TVや雑誌で何度も2丁目特集をやっていた。

今までずっと海外の映画やドラマなど取り上げてきたけど、たまには日本のレズビアン文化・・というより歴史かな、私の知る限り、書いてみたいと思う。以前私が作っていたHPを見ていた人は、重なる部分があるかもしれないが、もっと詳しく書いてみたい。

(1)25年前
このブログの右上、「プロフィール」のところに、”二丁目デビューは20ン年前”と書いている。正確に書くと、25年前。まだ2丁目に、ゲイバーはあっても、ビアンバーなど1軒もない時代。
私は大学生だった。もうその頃には、自分がlesbianであることをはっきり自覚していた。
でも当時の日本では、レズビアンと言えば「男役」-「女役」の世界。どの本にも雑誌にも、「レズビアンは男役(タチ)と女役(ネコ)に分かれ・・・」と書かれてあった。そのどちらにも属せそうにない私は、何か新種のレズビアンかなあ?と、真剣に悩んでいた。
好きな人には、触れたいし、触れられたい。見た目はややボーイッシュでも、自分が男みたいと思ったことも、相手に男らしさを求めたこともなかった。
高校生の頃から、「自分は何者なのか?」「セクシュアリティは?」とひとりで悩んで悩んで、やっと「lesbian」にたどり着いたのに、立ちふさがるタチネコの壁。もちろんそれだけじゃなく、将来のこと、恋愛のこと、もうひとりで悩むのは限界だと感じて、とにかく自分以外のlesbianに会ってみよう!と思った。

そうしてたどり着いたのが、「薔薇族」。当時、ホモ(ゲイとも言わなかった)と言えば「薔薇族」、「薔薇族」と言えばホモ、というほど、世間一般に認知された雑誌だった。ゲイの人向けの雑誌だけど、ここにならlesbian情報があるかもしれない、と思った。
しかし買うのも一苦労。都内あちこちの本屋をまわり、一番優しそうな老夫婦がやっている店で買うことに決め、それでも何時間も逡巡し、やっとの思いで買った。
「あった!」-1ページの片隅の「百合コーナー」。そこに、「レズビアンの人に向けて、○月○日、店を開放します」とあった。薔薇族編集長の伊藤文學先生が、経営しているゲイバーを1晩だけ、レズビアンの集まりのために開放してくれるということだった。

緊張で倒れそうになりながら、押した扉の向こうから、文學先生が「いらっしゃい!」と優しく声をかけてくれた。そして、
「君、ひとりで来たの?」
「はい。」
「えーー、すごいね!ここにひとりで来たの、君がはじめてだよ!」
と言われた。
私の緊張をほぐすつもりもあったのか、
「すごいねー」「えらいねー」「勇気あるね」と何度も言われた。
だって一緒に来る人なんて、いないし。
とそのときは思ったが、今ならよくわかる。そこ(lesbianの集まり)は、プロの世界だった。
ごく普通の学生やOLが、ひょっこりひとりで行くようなところでは、決してなかった。
文學先生はとても優しく、今でも大尊敬しているが、そこで出会ったlesbianの世界は、私には遠い世界だった。男役ー女役の世界だったから、というだけではない。そのときの私は、両親(とても仲が良かった)の娘であり、学生であり、友達がいて、泣いたり笑ったり。そして、レズビアン。でもそこで出会った人たちは、うまく言えないけど、生活全てがレズビアン、というように感じた。話せば話すほど、私の中で違和感が広がっていった。

数年前、2丁目に行った時、お店の若い人にそのときの話をしていたら、
「あー、やっぱりそうですか!kooさんのように昔を知っている方は、皆さん同じことを言われますね。『昔はプロの世界だったのよ』って。」
と言われた。
きっと私と同じように、死にそうな思いを抱えてようやく2丁目にたどり着き、失望して去って行った人たちが、沢山いたんじゃないかと思う。

話を戻すと、文學先生には、いろいろ聞かれた。
「君、何をしている人?」
「大学生です。」
「え!大学生で来たレズビアンも、君がはじめてだよ!」
そして、
「この前、はじめてうちの店に、東大生(ゲイの人)が来てくれたんだ!」
と、とても嬉しそうに、「東大生が来てくれるなんて!」「ゲイの世界も変った」と何度も語っていた。
私は、(そりゃ~東大生だって、ゲイの人、フツーにいるでしょう。いやむしろ多そう。なんで文學先生、こんなにはしゃいでいるんだろう?)と、内心不思議に思った。
でも、それも今ならわかる。そのときの印象では、lesbianより100倍進んでいると感じたgayの世界だったけど、まだまだ一般の人からはほど遠い世界で、エリート(?)の道を踏み外すかもしれない危険を冒してまで、行くところではなかったんだろう。
文學先生には、「どこの大学?」と何度も聞かれたけど、答えなかった。

他のlesbianの人たちと何を話したのか、細かいところは忘れてしまった。
でも忘れられないのは、ひとりの人が、「薔薇族」を買ったときの話。
レジで「薔薇族」を差し出すと、店員が、
「あ、こいつ、レズだぞ!」
と叫び、まわりにいた人たちにも
「レズ!レズ!」
となじられ、逃げるように帰って来た・・・という話。それも、東京のど真ん中での話。
当時、辞書を見ても、「レズビアン」の項目には「異常性愛」と書かれていたから、「正常」な人が「異常」な人を叩くのは、ごく自然な話・・・なわけない!絶対に許せないと思った。
文學先生は、その人に店の名前など詳しく聞いていたから、恐らくその後、抗議されていたと思う。文學先生には少し俗っぽいところもあったが(ごめんなさい)、先ほども書いた通り、私は大尊敬している。先駆者として、とても言葉に出来ないほどのご苦労があったはずなのに、終始穏やかで、かつ闘う人だった。

その「レズ!」となじられたという人に、「また会いましょう」と言って、店を出た。
でももう2度と会うこともないだろう、ということも、知っていた。
ストレートの人たちの中にいて、いつも居場所のなさを感じていた私。
でもそこは、さらに私の居場所ではなかった。
私はそれから10年、クローゼットに閉じこもった。

(「L」ブーム(2)に続く)

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2008.02.02 Sat
ジェニファー・ビールス来日ということで、ほんとに一大ブームになりそうなL Word。
これでブレイクして、次はぜひティナ、シェーン、アリスあたりにも来てもらいたい。

beals1_20080201102109.jpg
          ティナといるときが1番いい表情

さて、シーズン5も、4話目(504)まで放映された。
また少し感想を書きたいので、見たくない!という方は、どうか読み飛ばしてください。

①ベットとティナ
あーーー、ついにベットとティナが!!
と言ってもよりが戻ったわけでもなく、ベッドを共にしたわけでもなく、kissしただけなんだけど。でもそのkissシーンが、最高だった。
見たい方は、こちらのYouTubeで見れる。(ふたりの登場シーンは4:45あたりから) でもそこだけ見ても、感動は薄れるかもしれない。それまでのふたりの関わり、触れ合い、すれ違いがあってこその、このシーンだから。

私はこの504のYouTubeを、火曜日のお昼に、iPod Touchで見た。
その後すぐに仕事だったが、仕事にならない!妄想がぁぁ!

ぐふっ。

しばらく気を引き締めても、

ぐふっ。

注意して見ている人がいれば、非常に不気味だったに違いない、私。

ところで、最新L WordのYouTubeは、アップされた後、たいてい翌週には削除されるが、iPod Touchのお気に入りに入れたYouTubeは、削除された後もずっと見れる。画質も最高。YouTube好きな人には、お薦め。

②不思議ちゃんAdele
世間では、ジェニファー来日で賑わっているというのに、マイブームは不思議ちゃん・Adele。(Malaya Rivera Drew)
あ、一応断っておくと、「好み」という点では、範疇外。でも、彼女から目が離せない。

 adele1.jpg
             左・アデル。

最初は単なる不思議ちゃんなのかと思った。Jennyの熱烈な信奉者。地味~な容姿。
502から登場し、あっという間にジェニーのアシスタントに昇格。

ジェニーに関して言うと、501では、まだこの路線なのか!一体この先どうなることか・・・と思ったけど、その後はどんどん腹立たしさが減っていった。失礼さを通り越し、笑える存在になってきたのは、嬉しい限り。
そのジェニーの緩和剤のひとつとして、Adeleが登場してきたのかと、最初は思った。

 adele2.jpg
           「This book saved my life.」

でも違う。何かある。それが何なのかは、わからないけど。
504では、グッジョブで、ティナに「You're my hero!」とまで言わしめた不思議ちゃん。
もし、あの無敵ジェニーを転覆させられるとしたら、それは不思議ちゃん以外にいない、という気がしてきた。
でも、目的は?一体どんな方法で?うーーん、考えると、夜も眠れない。

 adele3.jpg
            謎の不思議少女・アデル

ところで、503、504と、私の愛するジョイスが出て来ていない。
502では、スーパーナルシスト+勘違いっぷりを発揮していて、おかしかった。
ジョイスのいない、ぽっかりと心にあいた穴を埋めてくれたのが、不思議ちゃんだった。
「しかし、どうしてそう妙なキャラばかり好きになるかなあ?」
と彼女に言われたが、その言葉は、自分で自分の首を絞めることにならないか?

ともあれ、しばし不思議ちゃんワールドに、はまってみたいと思う。

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テーマ:女性同士の恋愛。 - ジャンル:恋愛
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