ビアン通信 2008年03月
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2008.03.23 Sun
タチネコ今昔物語1、2と来て、3を書こうと思っていたけど、何日も日が経ってしまった!
今月は、有り得ないほど忙しくて、ちっとも更新が出来ない。4月になれば、また元のペースに戻ると思う。あと1週間、なんとか乗り切りたい。

さてタチネコ・・・まずは、本当に必要か?と思う。
若い人ほど、タチネコにこだわっている、と言うより、それが当たり前、そういう世界なんだ、と思いこんでいるように見える。この世界の入り口にタチネコがあったので、素直にそれを受け入れ、「タチです」「ネコです」と言ったり、人に尋ねたりしているように見える。
でももし本当にlesbianにタチネコが必要なら、私たちの年代(プレ・ヴィンテージ世代)ともなれば、もうこの道ン十年、タチネコにも年季が入って、「タチの師匠」やら「ネコの免許皆伝」やら、ごろごろいるはずだ。でも実際には、「タチネコ?いらないんじゃない?」「こだわる必要ないよ」「どうでもいいわー」と言う方たちばかり。

以前知り合った方で、私より少し年上、若い頃はオナベさんもやっていたという、男らし~~方がいた。その方も、「タチネコ?必要ないよ」と言ったので、おっ、と思った。
そして、「彼女(タチさん)が全然触らせてくれないんです」というカップルさんに、
「タチの見栄を捨てろー!自分も若い頃は相手に触らせなかったけど。とにかく一度、相手に身をゆだねてみてごらん。人生、180度変るから!」
へえぇぇぇ。
いいなあ、私もそんな、人生変るような、めくるめく経験をしたいものだ。
・・という話ではなく。タチの見栄なんてあるんだ?と思ったが、その方の言おうとしていたことは、sexに限らず、タチはタチらしく・・・なんて、自分で自分を縛らない方がいいよ、ということだったと思う。

タチらしさ、ネコらしさなんて、あるのかな?多分、幻想じゃないか、と私は思っている。
タチは男らしく、ネコは女らしく、タチはネコをリードして・・・なんて、それじゃあまるで60年代のアメリカだ。
私の場合、女らしい楚々とした綺麗なおねーさんを見ると、抱かれたい!と思い、ボーイッシュで少年っぽい人を見ると、よしよししたくなる。
なぜって?それは、一見女らしい可愛らしい人ほど、中身は強くてたくましく、一見ボーイッシュな人ほど、繊細と言うか弱い人が多いから。
この道ン十年、見た目なんかにだまされないわよ~っ!と、いつも思って(用心して)いる。

そもそも、こうしたsexの好みを、自己紹介で「タチです」「ネコです」と言ったり、初対面やそれに近い相手に、いきなり「タチですか?ネコですか?」と聞くのは、とても不思議な行為だと思う。ストレートの人が、自己紹介で好きな体位を言ったり、相手に聞いたりするのと、同じだと思う。
かつて日本には、レズビアンはいないも同然だった。レズビアンと言えば、ポルノ。私がいまだに「レズビアン」という言葉を使うのに、少し抵抗と痛みを感じるのは、長い間、「レズビアン」=「ポルノ」で、手垢にまみれた言葉だったから。でも、そうじゃない、レズビアンは生身の人間で、あなたたちのすぐ横にいる存在だ、それを知ってほしい、というのが、全てのレズビアンに共通した想いだったと思う。
ここ10年ほどで、それが現実になってきたわけだけど、その入り口にタチネコがあり、挨拶代わりに「タチです」「ネコです」と言っている限り、やはりレズビアンは特殊な存在だ、と思われても仕方がない。自ら、レズビアンは性的な存在だ、と言っているようなものだから。本人に、全くその気はなかったとしても。

恐らく、若い世代を中心に、これだけタチネコという言葉が浸透したのは、ネットの普及と共にビアンの世界が広がったからではないか。顔の見えない者同士、手っ取り早く自己紹介し合うのに、タチネコの言葉は便利だったに違いない。
でも本当は、人と出会うのも、自分を表現するのも、sexも含めて相手とより良い関係を作っていくのも、そんなに手っ取り早くはいかない。
アメリカで、ブッチとフェムが、単に見た目や行動を指す言葉に変化していったように、そろそろ日本でも、タチネコ、変化の時じゃないか?と思う。

~~~追記~~~
メルブルさんのコメント見て、あ、しまった、忘れてた!と思い出した。
私がタチネコを好きじゃない理由のひとつに、「だってダサいんだもん」がある。
タチネコという言葉の響きも、概念も、みんな古くさくて、ダサいイメージ。
昭和のかほり。
とでも言おうか。まあ私はばりばり昭和の生まれで育ちだけど。
元祖タチネコのイメージといえば、「じゅん&ネネ」。

junene1.jpgjunene2.jpg

60年代後半から70年代はじめにかけて、「レズビアン風デュオ」として、一世を風靡した二人組。歌詞も雰囲気も妖しいイメージで、レズビアン風が売りだった。
まだ小学生だった私が、タチ(男役)、ネコ(女役)という言葉を知ったのも、このじゅん&ネネを通じて。
一度は死語になりかけた、そんな昭和な「タチネコ」を、おしゃればっちりでクラブ通いの若いlesbianが、いまだに使っているのが、なんとも不思議。

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2008.03.13 Thu
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                      Photo by koo

日曜日、ゆうゆこと石原有記さんのライブに行って来た。(ゆうゆって?と言う方は、こちら
やっぱり歌ってるときの彼女が一番素敵!そして、素敵+楽しめるステージになっていた。

写真は、普段、速い動きの人物写真(?)ばかりなので、難しかった。(クリックで拡大)
慣れてきた頃に終わってしまったのが、残念。でもこれからも、たびたび機会があるはずなので、楽しみに待ちたい。

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2008.03.08 Sat
タチネコを考えるとき、アメリカでの歴史を見ると、非常に興味深い。

■60年代アメリカ
アメリカでも、60年代までは、lesibian=Butch/Femmeの時代だった。外見、振る舞い、sex全て含めて、butchかfemmeに色分けされた。
butchは男っぽい外見、振る舞い、そしてsexでは攻め側。femmeは女らしい外見、振る舞い、sexでは受け側。このbutch-femmeの出会いの場はlesbian barだったわけだけど、(1)でも書いたように、working-classのコミュニティにのみ存在した。middle、upper-classのlesbianたちは、どうしていたんだろう?と思うが、そもそも60年代にはソドミー法があったし(同性間でのsexが法律で禁じられていた)、恐らく「ウーマン ラブ ウーマン」の第1話のように、ひっそりと人知れず、愛を育てていたんだろう。

"Well, what are you--butch or femme?"
新しい人がバーを訪れると、まずそう尋ねられたという。そして、多くの人は、答える代わりに逃げ帰った。そこには性的な意味合いが、多分に含まれていたから。
そこを突破した者だけが、晴れてコミュニティに参加することが出来た。でも実際には、多くの人にとって、どちらかを選択するということは、非常に困難なことだった。中には、やはりどちらにも属せないという人や、相手によって性役割をスウィッチするという人も出てきた。そういう人は「kiki」と呼ばれ(差別用語)、物笑いの種になった。
同時に、「butch-butch」「femme-femme」の関係も、絶対タブーだった。が、時にそうしたカップルが生まれることもあった。

「kiki」、「butch-butch」、「femme-femme」は、このButch/Femmeという整然たるlesbian社会の規範を乱す者、lesbian社会の「Queer」と見なされた。物笑いの種になるだけでなく、村八分になったり、コミュニティから追放されることもあったという。
「kiki」・・・を「レズビアン」に変え、「lesbian社会」を「ストレート社会」に変えると、そっくりそのままbutch/femmeが当時の世間から受けていた扱いと、同じになる。
差別された者は、差別をする。レズビアンに限らず、どこの社会でも繰り返されることだけど、切ない。

■フェミニズム以降(80年代~)
70年代初頭から吹き荒れた、フェミニズムの波で、状況は一転する。それまで主役だったbutch/femmeが、undergroundへと追いやられる。
しかし80年代に入って、復権し始める。再びbutch/femmeを名乗る人たちも出て来た。でも復権と言うより、もう多様性の時代に入っていたから、identityとしてのbutch/femmeを選ぶも良し、選ばないも良し。大多数のlesbianにとっては、「identityとしてのbutch/femme」は必要のないもので、単に外見や振る舞いがボーイッシュな人やフェミニンな人を指して、「butch」「femme」(ブッチっぽいね、など)と言うようになっていった。
でも一部(恐らくごく一部)、identityとしてbutch/femmeを名乗る人たちは現在もいて、彼女たちはネットを通じてコミュニティを作ったり、ゲイプライドに参加したりしている。
こちらに、その写真があるが、やはり年配の人が多いようだ。他にも、なぜこんなにbigな人たち(横に)が多いのか、とか、左から3番目の人がいい味出してる、とか、気になる点はいくつかある。

まあそれはともかく。butch/femmeコミュニティのサイトを見ると、今はもう、これがbutch/femmeだ、というような決まりはないようだ。そして、「butch、femme、stone butch、stone femme、butch-butch、femme-femme...全てwelcome!」となっている。
「stone butch」とは、sexのとき、相手に絶対触らせない、相手を喜ばせることが喜び、という人たちで、Leslie Feinbergの著書「Stone Butch Blues」(ストーン・ブッチ・ブルース、93年)で広く知れ渡った。

  butch

この本は、数年前にU.S.amazonで、お薦めに入っていて、知った。表紙の写真は作者のFeinbergだけど、最初、男性なのになんでブッチなのかなあ?と思ってしまったほど、男らしい。この表紙の印象で、Feinbergの自伝と思われがちだけど、フィクション。そして、Feinberg自身はトランスジェンダーの活動家。
そのためか、stone butch=transgenderと思われる向きもあるが、そうではない。
女性だが非常に男性的で、「男?女?」と聞かれ続けた主人公は、最初、性を変えるためにホルモン注射を打つ。が、どうしても性を変えることへの違和感が取れず、それはホルモン注射をやめるまで続く。

「stone femme」は、「死んでも触りません!」という人たちなのかと思った。もしも、stone femmeどうしが恋に落ちたら、どうなるんだろう??と心配したが(するな)、単にstone butchと付き合う人のことをstone femmeと呼ぶようだ。
stone以外のbutch/femmeには、これといった決まりもない。ならば、単純に「lesbian」でいいんじゃないかなあと思うけど、その人がそれをidentityとすることでその人らしくいられるなら、それでいいのだろう。

(タチ・ネコ今昔物語(3)に続く。)

今回の主なソースはこちら

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2008.03.05 Wed
先日チャットで、若い方に、「タチネコについて」、いろいろ質問された。(個人的なことではなく、タチ・ネコ全般についての質問)
私は以前のサイトでも、「タチネコについて」、コラムを書いた。そのときと重なる部分もあるけど、またもう少し、詳しく書いてみたい。

ネットを始めて、ビアンサイトに出入りするようになって、一番びっくりしたのは、「タチネコが復活している!」ということ。92年頃、まだネット以前、私が頻繁に2丁目やイベントや集まりに行ってた頃、タチ・ネコという言葉はほとんど耳にすることはなかった。
「タチですか、ネコですか?」と聞かれた記憶もない。
その頃(92年)に出たビアン小説、「微熱狼少女」でも、当時の様子が伺える。
微熱狼少女微熱狼少女
(1992/02)
仁川 高丸

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レズビアンを公言している三島先生に恋した藤乃。男の子としか経験のなかった彼女が、どこかで聞きかじり、「タチなの、ネコなの?」と三島先生に尋ねる。三島先生は、「あ、最近は、もうそういうのはないの。『タッチ交代』」と答えた。
それを聞いて、藤乃はなるほどと思い、初めてのとき、三島先生に愛された後、されたことを反芻して、三島先生を抱く。
私はこの小説が大好きで、何度も読んだ。特に、この初めて結ばれるときの描写が秀逸。sexを通して、ふたりの切ない想いが痛いほど伝わってくる。

90年代前半は、タチ・ネコという言葉や概念が、消滅しかけていたと思う。
前に書いた、Weekendでも、カップルの人はお互いに、「私のパートナー」と紹介し合うだけで、どちらがタチとかネコとか言うことはなかったし、まわりも何も聞かなかった。
面白かったのは、よく似た者どうしのカップルさんが多かったこと。ボーイッシュどうし、フェミニンどうし。中には、双子の姉妹か?と思うほど、よく似たカップルもいた。
タチ・ネコの概念が取っ払われると、こうした似た者どうしのカップルが増えてくるのかな、と思った。

当時、欧米では、もうとっくにタチ(ブッチ)、ネコ(フェム)の役割分担がなくなっていると聞いていたので、その余波で、日本のlesbianシーンも変ったのか、と思った。
その10年前、私がデビューした当時は、日本もまだ厳然たるタチネコの世界だった。
タチ・ネコの役割分担は要らない、とずっと思っていた私なので、こうした変化を喜んだ。

■70年代アメリカ 
ウーマン ラブ ウーマンウーマン ラブ ウーマン
(2006/04/28)
Ellen Degeneres Chloe Sevigny

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「ウーマン ラブ ウーマン」(原題・If These Walls Could Talk 2)。
発売当初、話題になっていたので、見た方も多いと思う。
1961年が舞台のエピソード1と、2000年が舞台のエピソード3、このふたつが印象的だった人が多いようだけど、私は1972年が舞台のエピソード2、これが一番印象に残った。
その2の中に、lesbian barが出てくるが、これを見たとき、あーー、これだ!私が初めて見たビアンの世界は・・・と思った。
アメリカでも、60年代までは、lesbian=Butch/Femme(ブッチ/フェム)の世界だった。そして彼らの唯一の出会いの場が、lesbian barだった。しかしこのバーは、working-classのコミュニティにしか存在せず、しかもButch-Femmeとはっきり色分けされていたため、非常に独特の雰囲気だった。それと同じ雰囲気のところにいきなり飛び込んだ、無謀な大学生が、かつての私だった。

アメリカでは、70年代に入って、フェミニズムの風が吹き始めた。lesbianフェミニストたちは、Butch/Femmeの関係を、「古臭い男女の役割分担を規範とした、ストレート社会の模倣」として、徹底して糾弾した。その結果、それまで主流だったButch/Femmeたちは、アンダーグラウンドへと追いやられる。
エピソード2は、そのフェミニズムの風が吹き始めた頃の話で、その渦に巻き込まれるのが主役のふたり。
フェミニストたちは「男女差別」の撤廃を求めているのに、lesbianフェミニストたちを自分たちの世界から排除しようとし、lesbianフェミニストたちはButchの女性をlesbian社会から排除しようとする。結局、誰もが同じことをしている。そこがこのエピソードの面白いところであり、胸の痛むところでもある。

日本のlesbian社会でも、80年代にフェミニズムの活発な動きがあったと聞いている。
それがどういうものだったのかはよく知らないが、きっとその結果のひとつとして、90年代初頭の雰囲気があったのだろう。

(タチ・ネコ今昔物語(2)に続く。)

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