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2009.12.07 Mon
皆様のご協力のおかげで、FC2 同性愛ランキングで1位に!!!
ありがとうございました!
それと、「同性愛」ランキングは「恋愛]ランキングの中の1カテゴリーで、その「恋愛」ランキングでも1位になっていました。こちらはたくさんのブログ(4663)が登録されているので、かなり嬉しいです。押してくださった皆様、本当に感謝感謝です!

でも、「恋愛」ランキングからとんできた方は、拍子抜けかも。
いったいどこが恋愛ランキング1位なんだ?という、うちの記事。
なんせ、トップは伊達さん写真。
いや、下を見れば、めくるめく同性愛の話が載っているかも・・・と気を取り直して見るものの、情報系の話はあっても、めくるめく話はどこにもない。
そうか、この管理人、独り身なんだな?
そう思ってプロフを見ると、8年越しの恋人がいるらしい。(今月で9年目に)
わかった、年だから、しっぽり感がないんだな。
・・・それは、当たっているかも。
なんせ、ワタクシ、

49歳と2ヶ月!ですから。

うへ~~~。
どう考えても、同性愛でも恋愛でも、1位になったブログの管理人で最高齢だと思う。
あと10ヶ月で大台に。
子供の頃、50歳なんて、「おばあちゃん」以外のなにものでもなかった。
まさか50になんなんとする自分が、「アスリート萌えーー!」などと言ってるとは、想像もしなかった。

来年の秋か夏、大台記念に、少し大掛かりなオフをしようかと考えている。(詳細は未定)
でもその前に、大掛かりじゃなくていいから、フツーのオフをしないのか、と聞かれた。
うーーーん、真冬に向かって今ひとつその気になれないので、少し暖かくなったら、と考えている。

話を戻して、ランキング。
この10日間ほど、順位を上げるために頻繁に更新していて、楽しかった。
今までは、時間のあるときに一気に書いてアップしていたけど、すき間の時間を利用して、少しずつ書いては保存して・・というようにしてみたら、意外と頻繁に更新出来た。
これからは少しペースダウンするかもしれないけど、なるべくまめに更新したい。
皆さんも、また気が向いたら、バナーを押してやって下さい。

ランキングバナーより、多分、気楽に押しやすいと思うのが、拍手ボタン。
以前友人に、「拍手ボタンを押すと、何かいいことあるの?」と聞かれたけど、何もない。
ただ、それぞれの記事に対するダイレクトな反応がわかって、ありがたい。
以前書いたコラムは、いつの間にか拍手が182になっていた。2番目が、126。
でもこれらのコラムは、正直に言うと、自分にとってかなり辛い内容でもあるので、読み返すことはしない。
ただ、拍手がじわじわと増えているので(1年中、少しずつ増えている)、それを見ると、やっぱり嬉しくなる。
コラム以外で多いのは、「Mari&Sheilla」。今見たら、102!こちらもアップして以来、毎日のように少しずつ増えている。やっぱり見目麗しいふたりは、人気なんだなあ。
そして、その次が「Out Athleteに思う」で86。こちらは、どのエントリーよりも時間をかけて詳細に調べてから書いたので、思い出深い。

これはよく書けたなーと満足してアップすると、ちょっとしか拍手がなかったり、こんなのアップしてもつまらないだろうなあ、と思ったものに沢山拍手が来たり、こちらの思惑とは異なることも多くて、面白い。
こちらも、皆さん、もし気に入ったエントリーがあれば、押してやって下さい。

そんなわけで、ベタですが、これからもよろしくお願いします。
コメントも、どうぞお気軽に。

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2009.11.19 Thu
シンポジウムが終わったら、お茶とお菓子が出た。
そのとき、虎井さん、上川さんとも直接お話が出来た。
1で書いたような感想を、虎井さんにお話していたら、
「あ、もしかして、ブログ書いてませんか?お子さんがいる・・・」

・・・ぎゃ~~~、虎井さんに読まれていた!!!

瞬時に、(何かまずいこと書いてなかったかしら)と頭の中でチェックしたが、大丈夫、私は基本的に好きな人のことしか書かないから、本人に読まれてまずいことは、ないはず。とは言え、冷や汗。
「また今回の感想を書くから、ブログ見て下さいね!」
と言ったのに、もう11月も半ばになってしまった。

上川さんに、パートナーの方のことを伺ったら、FTMの方で、戸籍も男性に変更されているという。ちょうど上川さんとは逆の立場の方だ。結婚はしていない。
「でも私たち、もともとの戸籍のままでも、結婚できたんですよね」
と言われ、一瞬理解出来なかったが、なるほどーと思った。
「じゃあ、結婚したら、子供をつくることも可能ですか?」
と聞いたら、
「生殖機能が残っていると、性別が変更出来ないから、無理」
とのこと。
「海外で、MTFとFTMの人が結婚して子供が生まれた、というニュースを聞いたことがあります」
と言ったら、
「それはその国では可能だということでしょう。日本の法律では、無理」
と言われた。
The L Wordで、FTMのマックスが、ひげもじゃ姿で妊娠していたのはかなり衝撃的だったけど、そういうことは日本では起こらないということか。
下の写真は、性転換手術を受けて法的にも男性となったが、生殖機能が残っていたため妊娠、出産した、アメリカ人のトーマス・ビーティーさん。

thomas_beatie.jpg

トーマスさんは、妊娠中も非常に精神的に落ち着いていたそう。男性であることへの揺らぎもなかったという。そうであるなら、医学的な難しい問題もあるだろうけど、こうした妊娠も構わないんじゃないかと思う。

昔、私と同年代のFTMの人のサイトを見て、すごく衝撃を受けたことがある。
その人は、小さい頃から自分の性に対してずっと違和感を覚えていたが、それが一体何なのか、何と名付けるものなのかもわからず、必死で否定を続けていた。そして、結婚し、子供を妊娠した。
その人にとっての妊娠、出産は、「性同一性障害(という言い方も当時はなかったが)である自分を否定するための究極の手段」だったと言う。「何かを否定したいために、(無意識に)自分にとって1番困難なことにチャレンジする」という、医学的にもなんとかという呼び名があるらしいが、それをしていたのだそう。
結果、日々おなかが大きくなるにつれ、心と体がばらばらに引き裂かれるような思いをし、毎日気も狂わんばかりの絶望感を味わったという。子供が生まれるという喜びはあるのに、究極の女性性である妊娠した自分の姿に絶望したという。そして、自分が紛れもなく、性同一性障害であること、心が女性ではなく男性であることを、受け入れたのだそう。
その方の日記は、涙なくしては読めなかった。私がその方の日記を見たときは、出産して数年が経っていたと思うが、その後どうされたのか。今でも時々思い出す。

上川さんとお話をしていたときも、その方のことをふと思い出して、
「たしか、子供がいると、性別変更が認められないんですよね?」
と聞いた。
すると、1年前に改正になったと言われた。
いろいろなことが、知らぬ間に改正されているんだなあ。10年前、埼玉医科大で性適合手術が話題になったときは、戸籍(性別)の変更が一件も認められていなくて、体だけ変っても戸籍が変らなければ意味がない、片手落ち、といわれていた。それが数年前に法律が出来、性同一性障害の方の性別の変更が認められるようになった。そこに至るまでは、当事者の方たちの並々ならぬ努力があったと思う。
虎井さんは、戸籍が変ったことで、パートナーの方の親御さんに、「国が男性として認めているのだから」と、そろそろ結婚しては?と勧められたという。法律の後押しというのは、大きいようだ。

日本の同性愛者を取り巻く状況も、法律で同性どうしのパートナーシップ法や同性婚が認められれば、大きく変るんだろうなあ。
私自身は、もう2度と結婚はしたくないが、同性婚を望む人は沢山いるわけで、その人たちのためにもぜひ実現してほしいと思う。

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2009.11.13 Fri
下で紹介した学院祭のシンポジウムに行って来た。もう10日も前のことだけど。
とっても面白くて、本当に行って良かった!
LOUDの大江千束さん、小川葉子さんのお話は、同年代ビアンとして、そうそう!と共感できるものが多く、虎井まさ衛さんと上川あやさんのお話は、え?そうなの?知らなかった!と驚く話が多く、新鮮だった。
特に印象的だったのは、自分が性同一障害(GID)であると自覚するまでのお話で、虎井さんと上川さんとは、それぞれが全く違っていた。

私は、GIDの方々は、皆さん、生れたときから身体の性に違和感を覚えているのかと思っていた。虎井さんの方はまさにそうで、物心がついた頃から、「自分は、大人になったら自然と男になる」と思いこんでいたそうだ。それが、小学校高学年のときに、女子だけ集められて性教育を受けたときに、あ、大人になっても男性にはなれないんだ・・・と気がついたとか。でもその直後、テレビでカルーセル麻紀さんを見て、自分も性転換をしよう!と決意されたという。学校の黒板にも、「将来、性転換をする」と大きく書いたという、ユニークなお子さんだった虎井さん。

一方、上川さんの方は、思春期になるまでは、自分が女性であるという意識は特になかったという。年頃になって、恋をするようになって、その対象が男性なので、ああ自分はきっとゲイなんだ、と最初は思ったとか。そして、同性愛者の集まりに行き、話をするようになって、あれ?自分はまわりのゲイの人たちとはちょっと違う、と気がついた。他のゲイの人たちは、心も体も男性のまま、男性を好きになっている。でも、自分はそうではない・・・と。その辺りから、いろいろプロセスを経て、GIDであると自覚するに至ったそうだ。

lesbian同様、GIDの方の自覚したきっかけやプロセスも、皆それぞれに違うということだろう。
私がはじめて女の子を好きになったのは小学校6年生のときだけど、そのときに思ったのは、私は男性になりたいんだろうか?ということ。なぜそう思ったのかと言えば、当時は性同一障害もトランスジェンダーもFTMも、とにかくそうしたGID全般を指す言葉は存在せず、かなりの部分、lesbianとGIDが混同されていたから。
マスコミで紹介される「lesbian」は、今思えば、GIDの人たちばかりだった。
スーツにネクタイなど男装をし、男性として生活し、女性と恋をする人たち。
その人たちがlesbianなら、私はなんなのだろう?女性として女性が好きだなんて・・・
って、それこそまさにlesbianなんだけど、そうなんだよ、と教えてくれる人がいなかったから、最初はかなり混乱した。
上川さんのお話を聞いていたら、そんな自分の性に目覚めた頃のことを思い出した。

虎井さんは、お肌がすべすべで、綺麗な顔立ちだった。
むかーーし、上岡竜太郎の番組に、性転換手術をした虎井さんが顔を隠して出演されたとき、
上岡竜太郎が「ちょっと失礼します」とボックスを開けて、
「うわ、綺麗なお顔ですねーー!女性時代は、さぞ可愛かったでしょうね」
と言っていて、見てみたい!!と強烈に思ったことを、思い出した。
その番組内で、上岡竜太郎が、
「男性になって、これからは、女性と恋愛をされるんですよね?」
と言ったら、
「いや、それはわかりません。どちらを好きになるか・・・男性かもしれないし、女性かもしれない」
と虎井さんが答えたので、え!?そうなの?とびっくりしたことを覚えている。
今でこそ、性自認と性指向は違うから、そういうケースもある、と知っているが、当時は聞いたことがなく(と言うより手術自体が初めてだったし)、とてもびっくりした。

今回のお話の中でも、虎井さんの初恋は男性で、30で女性と付き合うようになるまで、男性の方が恋愛対象だった、と言われていた。でも女性の自分に、「好きです」と言われても、相手は当然自分のことを女性としてみるだろうし、いろいろ考えると告白も出来ず、いつも柱の陰からそっと見つめるだけだったそうだ。
たしかに、
「身体は女だけど、心は男。そして、男として男のあなたが好きです!」
とこくられたら、相手の男性は相当びっくりするだろう。
それでも、今ならネットがあるから、求める相手と出会うチャンスは結構ありそうだ。
昔は、本当に大変だっただろう。

ああ、タイムリミット。
続きは、また2で。

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2008.11.30 Sun
11月27日、このブログを開設して、ちょうど1年が経った。
そのことを早くアップしたかったのに、時間がなくて、更新が滞ってしまった。
でも書けるときに書く、書けないときは無理をしない、というスタンスでやってきたので、楽しく続けてこられたと思う。

先日、平日の夜に、ビアンの友人数人と、恵比寿のバルに飲みに行った。
強い人ばかりなのに、1軒目のワインが効いたのか、みんなかなり酔っていた。元々弱い私は、あっという間に酔って、2軒目のお店の記憶は飛び飛び。そして、帰り、最寄の駅に着いたときからの記憶は、完全にふっ飛んだ。気がついたら、リビングの床に突っ伏して寝ていた。

その2軒目のお店で、写真を撮ってきた。
他の記憶は殆んどないのに、この写真を撮ったときだけは、記憶が鮮明。

  gayrestroom.jpg

ちょっとボケた写りがいかにも酔っ払いだけど、これは紛れもなく「ゲイ専用トイレ」!
トイレから戻ってきた友人が、「ゲイ専用のトイレがあるよ」と言ったのを聞き、急に意識が目覚めて、写真を撮ろう!と思い、トイレに行った。
広いお店で、トイレのブースは全部で5つあり、Men、Men、Gay、Women、Womenと並んでいた。友人のFlickrで、NYの同じような写真を見たことがあるけど、日本にもあるとは思わなかった。中を覗いたら、他のブースと同じく洋式便座がひとつあるだけで、特に変わりはなかった。
Womenがふたつともふさがっていたし、まわりに誰もいなかったので、「Gay」に入ろうかなあと思った。が、出てきたときに見られたら、「あの人、レズだ!」・・・と思われることはまずなく、「ったくおばちゃんは!女性用がふさがってるからって、Gayに入ってるよ!」と思われるに違いない、と酔った頭で考え、やめた。

しかし、日本も少しずつ、変ってきているんだなあ。
このブログの最初のエントリーは、ドイツの人気キャスター、Anne Willのカムアウトを取り上げたこちらの記事だけど、これには後日譚が。

  annewill132.jpg
           久々登場、Anne Will

私がドイツ人の友人(31歳、ノンケ♀)に、
「アン・ビル(発音がよくわからないが、アンビーと聞こえる)がカムアウトしたんでしょう?」と聞くと、「なんで知ってるの!?」と驚かれた。
友人にはカムアウトしていないので、返事に困って、「日本の雑誌で見た」と答えた。
「雑誌で?こんなことが話題になるなんて、日本はおかしい!」と、エキサイトし始めた。
「たしかにこれはドイツでも話題になったし、アウト後、彼女の人気はさらに高まった。」
(そうなんだ~)
「でも、それだけのこと、たいしたことじゃない。意味がないって言ってるんじゃなくて、彼女は当然のことをしただけ。」
「うん、そうだけど、日本じゃカムアウトしている有名人がいないに等しいから、やっぱり話題になるんじゃない?」と私。
「あー、そういえば、なんで日本のテレビには、あんな騒がしい女性的なゲイばかり出てくるの?日本人は皆、あれがゲイだと思っているかもしれないけど、違うのよ、みんなごく普通の人ばかり」
(いや、それは知ってるけど・・・)
「街を歩いていても、どの人がゲイかなんて、絶対にわからないから!」
(いや、私ならわかるかも・・・)

  annewill140.jpg

あ~でもやっぱりこうした「high profile」ビアンに、日本でもカムアウトしてもらいたいなあ。絶対たくさんいるはずなのに。
私の学生時代の後輩で、当時から明らかにビアンだった子(女の子と付き合っていた)が、今大学教授になっている。ネットで検索したら、プロフィールと画像が出てきた。独身。しかし画像を見ると、昔はボーイッシュで可愛かったのに、今は「井脇 ノブ子せんせー」になっていた・・・。

世界でも、たとえばLisa Randall博士(「5次元世界」の理論で有名、ハーバード大教授)のような無敵の女性がアウトしてくれたら、と思う。いや、セクシュアリティは全く不明だが。離婚して、娘がひとりいる。

  lisa3.jpg
         講演中のLisa Randall博士

ハーバード大、プリンストン大、マサチューセッツ工科大の終身教授権を持ち、5次元世界が証明されればノーベル賞も間違いなし。加えてこの美貌。授賞式には女性のパートナーと出席・・・ということが、あながち夢でもないような、ゲイオーラを感じる。
それに、リサは、Anne Willの彼女のMiriam Meckel(こちらも大学教授)と良く似ている。

  lisa1.jpg  miriam.jpg
          リサ                ミリアム

ブログ1周年について書こうと思ったのに、話がどんどん逸れていった。
まあ、今年も1年、こんな感じでやっていきたい。
「独自の話題を独自の視点で」、更新していきたい。

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2008.11.06 Thu
11/3、パフナイトに行った。
パフスペースの以下の告知を見て、面白そう!と思って行って来た。

  今年になってからNHK教育テレビの福祉番組『ハートをつなごう』で
  新シリーズ「ゲイ/レズビアン」と「LGBT」シリーズが
  放送されているのを御存知ですか?

  反響を呼び起こしながらシリーズは長期にわたって継続する模様。
  さらに今後、11月1日(土)21時30分から2時間にわたって
  『ETVワイド・ともに生きる』でLGBTが取り上げられます。

  そこで11月のパフナイトは『ETVワイド』放送2日後に緊急開催!
  NHKから担当ディレクターをお招きして番組の制作秘話や、
  「セクシュアル・マイノリティ」というテーマに取り組み始めて
  感じたことを、率直に語っていただきます。

  テレビは「虹」の多様性をどこまで映し出せるものなのか?
  メディアとしての可能性や限界などについても考えながら、
  NHKと始まった「新たな付き合い」を今後さらに
  豊かで実りあるものに深めるために・・・。ぜひ、
  ホットな感想を直接ディレクターに語りにパフスペースまで!


上の告知文の中で、触発されたのは、最後の「ホットな感想を直接ディレクターに語りに」の部分。NHKのこうした特集はほぼ見ていて、見るたびに感想(メール)を番組に送ろうかな、と思ったけど、なかなか時間もなく、過ぎていった。
それが、直接担当ディレクターの話を聞けて、意見や感想も伝えられるなんて、なかなかないチャンスだ、と思い、初めてパフナイトに参加した。

パフナイトの告知の方には、「ハートをつなごう LGBT」と「ETVワイド LGBT」の担当ディレクター・細見明日子さんが来られるとあったが、「ハートをつなごう 性同一性障害」と「ハートをつなごう ゲイ/レズビアン」の担当ディレクター・今村さんも来られていた。
細見さんは同年代か?見てすぐに、「あ!きっとあの人がディレクター!」とわかった。
今村さんは、まだ若い男性で、最初、てっきりゲイのスタッフかと思った。
4名のパフスペース・スタッフの方たちが司会、進行をされた。その方たちが番組に対する感想、意見、質問を述べ、それに対してディレクターお二人が答える、という形で進んでいった。

さすがNHKのディレクター、受け答えが上手いなあと思った。そつなく、感じ良く、正直に、率直に、過不足なく語ってくれた。これって、私が番組から受ける印象と同じだ。
私はどの番組も、よく出来ていると思う。1日に見た「ETVワイド LGBT」も、これだけを見れば、とても良く出来ている。若い人の悩みを、いろいろな切り口から提示し、それを解決すべく取り組んでいる個人やカップルや親を紹介していた。
ただ不満は、2時間もあるのに、登場する当事者が全て10代~20代の若者のみ、ということ。まあ最初だからだろうとは思ったが、今後も回を重ねていくなら、ぜひもっと上の世代も取り上げてほしいと思った。そしてそれこそ、今回、直接伝えたいことだった。

具体的に、ディレクターおふたりの発言で印象に残ったのは、「番組に関わる以前にLGBTの知り合いはいたのか?」の質問に対して、全くいなかった、いたんだろうけど気づかなかった、ということ。今村さんの方は、「ハートをつなごう 性同一性障害」をそれ以前に担当していたので、多少知識はあったようだけど、細見さんの方は今年6月に担当になるまで、LGBTについて何も知らない、何もわからない、本当にゼロからの出発だったようだ。
そして細見さん、表現は忘れたけど、「わからないことを聞いてもいいのかどうか、わからない」というようなことをおっしゃっていた。つまり、これを聞いたら相手を傷つけるんじゃないか、失礼にあたるんじゃないか、と思ってしまう、ということらしい。
そんな必要はない、とスタッフからも意見が出ていたが、何もわからないストレートの人がそう思うのは当然だと思う。そして、そう思わせる雰囲気を、私たち当事者が知らずに作り出している部分もあるかもしれない、と思った。

この日、番組内で使われていた言葉や表現をとらえて「気になる」という意見が時折出されていたが、私は全く気にならなかった。言葉の裏にある、明らかなフォビアに対してはNO!と言うべきだけど、別にそうしたものはNHKの番組には感じない。逆に、非常に慎重に作られていると思う。
あまり相手の言葉遣いや表現に過敏になると、ただでさえ多少おっかなびっくりの制作者サイドを、さらに萎縮させるんじゃないかと思った。もし、無知による発言や失言があれば、「いや、それはこうなんですよ」と、ただ事実として伝えればいいんじゃないかと思う。

1時間半くらいは、パフナイトスタッフとディレクターのやり取りだった。
最後の30分くらいが、参加者の意見・質問タイムだった。スタッフの1人や他の参加者からも、私が言いたかったことと似たような意見が出ていたので、発言はやめようかなあと思ったけど、せっかく来たんだから!と思い直し、ハイ!と手を挙げて、発言した。
・・・思い出すと、めっちゃ恥ずかしい。緊張すると、すごく早口になる。そして、わーわーしゃべっている間も言いたいことが次々頭に浮かび、混乱してうまくしゃべれなかった。
でも話し終えて座ると、パラパラと拍手が起きていた。きっと同年代の方たち(若くはない方も結構多かった)が賛同してくれたのかなあと思う。何を話したのか思い出して、書いてみよう。

  まず、「ETVワイド」の中で、若者が「私たちにはロールモデルがない」と言って
  いたけど、そんなことはないんじゃないか。私たちの年代は、今こうしてここにいる、
  生き抜いてきた、というだけで、立派なロールモデルだと、私は思っている。
  私のように、結婚ー離婚をして、ロールモデルという点では失敗例と思われる
  生き方からだって、若い人は沢山のことを考えたり、学んだりできるはず。
  だから、今後はもっと上の年代も取り上げてほしい。
  出来れば、シニア特集をしてほしい。


このとき、てんぱった私は、自分のことを繰り返し「失敗例」と言ったけど、別に私は自分の生き方を何も恥じてないし、プライドも持っている。

  また、日本全国にいるはずの50代、60代、70代、80代・・のLGBTのためにも、
  もっと上の年代のことを取り上げてほしい。人口の3~5%いると言われている
  LGBTは、どの年代にも同じように存在する。
  私は、私より上の年代の人にほとんど会ったことがないが、今、その方たちは
  どんな風に生きていらっしゃるのか。
  結婚して、自分の人生はなんだったのか・・・という思いを抱いている方や、
  孤独の中で生きている方もたくさんいらっしゃるはず。
  その方たちが、少しでも勇気づけられたり、励まされたり、転機になったり・・
  というためにも、若い世代だけでない、上の年代のLGBTを取り上げてほしい。


これに対する今村さんの答えは、「もちろん」ということだったけど、なにしろまだ始まったばかりなので・・・という感じだった。私は、「ああ、言い終わった~~」という安堵の中にいたので、なんと言われたのか、あまりよく覚えていない。

帰ろうとしたら、何人かの方に、「なんというブログですか?」とか「ブログのURLを教えて下さい」と声をかけられた。発言の中で、少しこのブログについて触れたからだろうけど、嬉しかった。(ご覧になってますか!?) 
一人の方には、「あ、もう見てます!お気に入りに入れている!」と言われ、これも嬉しかった。

NHKでは、今後もこうした特集を続けていく予定ではあるけれど、どこまで続くかは反響次第、ということのようだ。そして、とにかく「メール命!」と感じた。NHKスタッフは、LGBTについて何もわからない状態から、視聴者のメールを頼りに取材を重ね、番組を作っている。
NHKのLGBT特設サイト「虹色」の中の「LGBT 体験談・メッセージ募集」コーナーに、皆さんもぜひメールを送ってみては。番組の感想でも、ご自身のセクシュアリティについてでも、なんでも構わないようだ。かく言う私も未体験だが、近々ぜひトライしてみたい。

  
  ※最近ずっと放置していたら、ランキングが下がりまくっていた。
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2008.08.12 Tue
■カムアウト
先月書いた、「47」。いつの間にか拍手が90になっていた。
嬉しい、有り難い、と思う同時に、もしかしたら、早く続きを書け!ということかしら、
と思い始めた。私にとって重いテーマを、どこまで客観的に書けるかわからないが、
とにかく書いてみよう。

この前、「いつか子供たちに本当のことを話さないといけないんじゃないか」と書いた。
でも、一般論としては、私は別に親が自分のセクシュアリティを子供に話す必要はないと思っている。子から親も同じ。

子供は思春期に入ると、親にどんどん秘密を持つ。ウソをつく。親の知らない自分だけの世界を持つようになる。でもそうして親離れをしていくのだろうし、子が親に対して何か秘密を抱えているからといって、後ろ暗さを感じる必要はないと思っている。
(もちろん、その人にとって親がとても大切な存在で、ぜひ本当の自分を知ってほしい、今後のお互いの関係のために必要だ、という思いでカムアウトすることはあるだろうし、それはとても素敵なことだと思う。)

親にとっても、子は別人格。全てを話す必要はないし、話すことでただ相手を傷つけるだけなら、どんなにしんどくても、心苦しくても、墓場までその秘密を持っていくべきだと思っている。
じゃあ、なぜ私は、子供たちに話そうとしているのか。
それは、元夫の名誉回復のため、子と父親(元夫)との関係修復のため。

元夫は、alcoholicだった。-アルコール依存症。
そのために、家族に対して数え切れないほどのウソをつき、裏切り、あらゆることをしてきた。私は、「病気だから、仕方がない」と子供たちには言ってきたが、彼らにとっては父親だから、「仕方ない」とは思えないようだった。自分たちの中から、父親の存在を切り捨ててしまっている。

元夫がそうなってしまったのは、仕事上の挫折と生来の人間的弱さ。
自分でもそう言っていたし、たしかに直接的にはそうなんだと思う。
でも本当は、私にも責任があると思っている。私がビアンだったこと、男性である夫を愛せなかったこと、あらゆることの遠因に、それがあったと思っている。

「47」で、子供が不安定になり、ビアンに関する全てを捨てたと書いた。
でも本当はそこから、私と元夫の間で崩壊が始まった。
結婚して変るかもと思っていたのに、女性と恋したことで、夫を肉体的にも精神的にも愛せないことが、私の中ではっきりした。それでも、子供第一に考えていた私は、それ以上突きつめて考えることはなかった。当時、元夫は子供たちとよく遊んでくれ、良い父親だった。私も全てを絶った。何が問題あるだろう・・・。
私はその一方で、いつか必ず離婚しようと考えていた。

昨年、三笠宮様が鬱とalcoholicであることを公表されていた。このふたつは切っても切れない関係にある。殆んどの患者が両方の症状を持っている。鬱だから大量に飲むとも言えるし、大量に飲むと鬱が促進されるとも言える。元夫もそうだった。はじめは鬱という診断だったが、何かが違うとずっと思っていた。医者を変えたことで、三笠宮様と同じ、国立のアルコール専門病院を紹介された。

■alcoholic
アルコール依存症ほど、世間一般から誤解されている病気も少ないと思う。
一般には、TVドラマの影響か、朝っぽらから酒ビンを抱えて大酒を飲み、大暴れする・・・というイメージがあるようだが、朝から飲むのは末期の症状だし、暴れるのも、それは酒乱と言うべきもので、alcoholicとは関係ない。
飲酒が原因で、日常生活に様々な支障が出る、一旦飲み始めたら途中でやめられない、とことん飲んでしまう、などが特徴だ。恐らく潜在的なalcoholicは山ほどいるだろう。

お酒に弱い女性などは、あっという間に(1年ほどで)罹る場合もあるが、たいていは5年、10年とほぼ毎日習慣的に飲んでいて、それがあるとき許容量を超え、発病する。もちろん習慣的な飲酒者が皆なるわけではないが、何かのきっかけでどんどん深酒になった場合、危険だ。
誰にでもかかる可能性はあるし、かかれば治療は困難を極め、行きつ戻りつする間に、自分の肉体も精神も家族も生活もなぎ倒していく。alcoholicには、「一生飲まない」以外に道はない。

初めてその病院に行ったときのことは、今もはっきり覚えている。
高速を飛ばして1時間半の道のり。元夫(当時はまだ元ではないが)を乗せたまま、私は無言で車を走らせ続けた。自分の身に起きていることが、現実のこととは思えなかった。ここまで来てしまったのか、と果てしなく暗い気分だった。が、あと数分で病院に着くというとき、左折した途端、眼前に広がる素晴らしい海の景色に、息を呑んだ。病院の前は、見渡す限りの海だった。朝の光を浴びて、目も眩むほど、キラキラと光り輝いていた。

病院は、かつては国立の結核療養所だったところだ。まだ結核が不治の病だった頃のこと。そのときここに入院していた人たちは、あの海を見て、何を思い、何を感じたのだろう。あの眩しすぎる海を見て、余計に死にたい気分にならなかっただろうか。それともあの明るさに、生きる気力や希望をもらっていたのだろうか。
そんなことを考えながら入った病院の中は、別世界だった。決してそこにいる人たちが、見た目、おかしな人たちだったわけではない。
でもそこの空気は淀み、何かが死に、そして時が止まっていた。

私は身を硬くして待合室にいたと思う。待ちくたびれて、飲み物でも買おうと売店に向かった。長い暗い渡り廊下を歩いていると、古びたレストランがあった。
「レストラン・ビアンコ」。
(ビアン・・・コ?嫌みかい!)
と内心で叫び、それから自分で自分の言葉に笑ってしまった。
あー、私、笑ってるよ。こんなときでも人って笑えるんだなあ。
私は、大丈夫だ。だから、もっとちゃんと現実を見ないと。目を見開いて、全てをちゃんと見ないと、と思った。

その後も病院には、必ず一緒に行った。
患者たちの中で、明らかにそれとわかる人はごく一部で、大半はごく普通の人だった。どう見ても、大会社の役員風紳士や、山の手奥様風の人もいた。
私と同じくらいの年齢の女性で、一見幸せな奥様風、まさかこの人は付き添いだろうと思っていると、名前を呼ばれて診察室に入っていく・・ああ、本人だ、ということが何度かあった。でもそもそも、付き添いで来ている人なんて、殆んどいなかった。元夫は何度か入院したが、お見舞いに来ている人にも、私は1度も会わなかった。

病院で同年代の女性に会うたび、この人の人生に何が起きたんだろう、と思わずにはいられなかった。でも向こうから見たら、私も患者のひとりだろう。ほんのちょっとのきっかけで、私もそちらに行ってたかもしれない。こちらとそちら、なんて境界線は、本当はないんだろう。誰にでも、どうにでも転ぶ可能性がある。

■そして今
離婚を考えたのは、元夫が病気になる遥か前からだったが、この状態では・・・と、なかなか決断が出来なかった。後押ししてくれたのは、子供からの「離婚、しろよ。しなきゃ、ダメだ。」の言葉だった。
幸い、元夫は今は親きょうだいに囲まれ、状態が安定している。家族という重い鎖から解き放たれ、かえって伸び伸びしているようにさえ思える。

それでも私は時々、自分がとんでもない誤ちを犯してしまったんじゃないか、という思いにとらわれる。過ちとは離婚のことではない。離婚はビアンである私にとって絶対に必要なことだったと思っている。 そうじゃなく、もっと根本的なこと。 どんな事情があったにせよ、ビアンである私が結婚したこと。そしてそこから派生した様々なこと。
最中にいるときは、必死だったからわからなかったが、今ならよくわかる。
元夫が、どんなに孤独だったか。私も孤独だった。でも向こうはもっと寂しかったはず。
本当は、sexなんてなくても、元夫が苦しんでいるとき、ただ黙って抱き締めてあげればよかった。でもそれすら私はしなかったし、出来なかった。

私の中の大きな悔恨は、子供たちに本当のことを言わなきゃいけないんじゃないか、という思いにつながっている。どうしようもない父親、と思っている子供たちに、そうじゃないんだ、と伝えなきゃいけないと思っている。
一方で、こうした環境の中で、ぐれもせず、すくすく育ってくれたのは、私への信頼があったからだと思っている。病気とは言え、酒にとらわれていた元夫は、子供たちにもたくさんのウソをつき、裏切りを繰り返した。まだ小さい頃の優しかった父親の記憶と、母親への信頼が、彼らを支えていたと思う。その母親が、実は大きな秘密を抱えていた・・と、やはり言えない、とも思う。

きっとこれからも悩み続けるんだろう。
常に頭の片隅にそのことはある。今すぐ実行に移すことはないだろうけど、いつか機を見て、なんとかしなければいけないと思っている。
時折よぎる悔恨も、一生忘れちゃいけないんだと思っている。

でも、私は自分の人生を、後悔はしていない。私に起きた全てのことが、やっぱり必要なことだったと思っている。
私は子供の頃、なんの屈託もなく、幸せだった。いろいろな面で、恵まれていたと思う。でもその分、他者に対する共感や、人の痛みを痛みと感じる想像力に欠けていた。
今でも充分とは言えないけど、だいぶ変ったと思う。そして今は、自分のまわりにいてくれる人たち全てに感謝している。彼女にも、心から感謝している。毎日、辛抱強く私の話を聞いてくれたし、よく笑ってくれた。
「ごめん、笑うような話じゃないんだけど・・・」と言いながら、吹きだしたりしていた。起きたことを淡々と他人事のように客観的に話す、私の話が可笑しいと言って。(客観的なのは、元々の性格+自分を正気に保つ手段でもあった)
おお、ここで笑うのか!とびっくり、つられて私も笑っていた。逆に泣き出しでもされたら、私は途方に暮れていただろう。

私たちの年代や、さらに上の年代のビアンの人たちは、大変な経験をしてきた人が多い。
でも恵まれているように見える若い人たちも、それぞれに悩みや大変さを抱えているんだろう。
いろんな人(親や親しい人たち)がいろいろなことを言ってくるだろうけど、誰も人はあなたの人生を歩むことは出来ない。自分の人生は自分でしか生きられないのだから、心の思うままに、進んでいってほしいと思う。

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2008.08.03 Sun
最近、未知の方からのメールやコメントが増えたが、よくいただくご要望は、
「ゲイダーについて教えてほしい」と「2丁目について知りたい」。
ゲイダーは別になくても困らないんじゃないかと思うけど、またいつか機会があったら書きたい。

今回は、2丁目の話。
以前書いた昔の2丁目ではなく、現在の2丁目。
でも私の場合、最近はたまにしか行かないし、行く店は決まっている。
Kins WomynとMadonna。あとはCocolo cafeくらい。

Kins Womyn
Kinsのおーちゃん(マスター)とは、2丁目で出会ったわけではなく、こちらの世界とは関係ない、趣味友達、オタ仲間。だから彼女に会うたび、「ビアンの話、してもいいんだっけ?」と思う。自分が今どこにいるのか、よーく考えないと、失言してしまいそうになる。
2丁目にいるのに「ビアン話はアリか?」と考える私って・・・。

最近のKinsは、ジェニファー、ケイト、Cathy&Jill(「カミングアウト・ウェディング」)と続々来店、経済効果も大だったようで、本当に良かった。Kinsに限らず、こうして2丁目のビアンバーが、Lの人気と共に活性化していけばいいと思う。
Kinsが人気の理由は、チャージなしのショットバーであることが1番だろうけど、やっぱりおーちゃんの人柄によるものが大きいと思う。この世界が長いのに、ちっともすれていない。これはマドンナのゆうゆも同じ。
2丁目、水商売、芸能界といった魑魅魍魎の世界で長くやっていくためには、その世界に染まりきらないpureな部分が必要なんだろう。バリバリに染まりきっても、商売としてはやっていけるかもしれないが、みんなに愛されつつ・・・というのは難しいだろう。

おーちゃんは、2丁目だろうが何処だろうが、いつどこで会っても変らない、ごく自然体の人。ちょっと天然入っている彼女は、私から見たら可愛いなあと思うけど、若い人たちからは「おーさんかっこいい!」「ステキ~!」と大人気らしい。(これで次の1杯目はタダだろうか・・・笑)

■「2丁目に行く」
現在私にとっての「2丁目に行く」は、「おーちゃんのところに行く」「ゆうゆのところに行く」であって、特別な思いや期待や緊張感は全くない。だから、「2丁目に行ったことないので行ってみたい。でも緊張する!」とか「2丁目ってどんなところですか?」と言われると、言葉につまる。
「別に・・・普通」と答えているけど、それでは答えになっていない。
思い出せ!ん十年前を。あの緊張を。ウブだった私を。
でも今の2丁目なら、全然怖くないし、緊張する必要もない。初めて行った人は、とにかくゲイの男性でいっぱいなことに、驚くと思う。狭い街にゲイバーがぎっしり300軒くらいか。ビアンバーは20軒くらい?歩いても歩いても、ゲイの男性にばかりすれ違う印象。
その点、本当に安全な街だと思う。ゲイの人たちの目に女性は映ってないから。

2丁目にはじめて行くなら、そして誰かと一緒に行くなら、まずはCocolo cafeに行って、腹ごしらえをして、ビールでも1杯飲んで、2丁目の雰囲気に慣れるといいと思う。メニューは豊富だし、夕方からやっているし、お酒飲めなくても関係ないし、店内は外から見た印象と違って、驚くほど奥行きがあって、広い。
ここも男性が多いけど、優しげでいかにもなウェイターさんとか、「2丁目に来た」という雰囲気は味わえると思う。

ここでおなかも落ち着き、度胸もついたら、Kinsへ繰り出すといい。遅い時間になればなるほど混んでくるので、早い時間に行くといい。早いと言っても、開店は8時なので、せいぜい8時半とか9時頃か。
学生さんとか若い方ならKinsだけで充分だと思うけど、キャリアな皆様で余裕があるなら、もう1軒くらい行った方が、楽しい。大人な世代や、ゆうゆに会いたい!という方、若いけどフケ専よ!という方は、ぜひマドンナへ。
他にもいいお店はたくさんあると思うし、私も何軒か友人に連れられて行ったことはあるけど、紹介できるほどはよく知らない。

■「期待するな」
初めて2丁目に行く、ビアンバーに行くという人は、過大な期待を持ちがちだけど、はっきり言って、何も起こらない。
それが標準。行ったからって、突然出会いがあって彼女が出来るとか、世界が変るとか、そんなことはまずない。2丁目で彼女に出会ったという人たちは知っているが、それも何年も通っての結果だ。通い続けて、たまたま出会った、という感じ。
2丁目で仲間がいっぱい出来た、という人も、何度も何度もお店に通っている。週末ごとに2丁目に行けるなら別だけど、年に数えるほどしか行けないなら、そこで知り合いをつくることすら難しいと思う。

先ほど、「誰かと一緒に行くなら」と書いたけど、本当に誰かと出会いたいなら(友達としてでも)、ひとりで行った方がいいと思う。ふたりで来ている人には、話しかけにくいから。カップルさんかな?と思うし、カップルじゃなくてももしかしたら片方が片方を狙っているのかもしれないし・・とか、いろいろ考えて、遠慮してしまう。
また自分も、たとえカウンターで隣に好みビンゴ!の女性が座ったとしても、友人の手前、あまりその人とばかり話してもいられない。もし友人と一緒に行くなら、2丁目ではお互い気を遣わない、干渉しない、など、よく話し合っておくといいと思う。

ここで少し私の体験談を。

あるとき、友人たち数人と、2丁目に繰り出した。そのとき行った店は、KinsでもMadonnaでもないお店。そこに行くのは、1年ぶりだった。
カウンターに座ってしばらく経って、奥でひとりで飲んでいる人に気がついた。どこかで、見たことがある・・・わかった、1~2年前にパナシェで見かけた人だ!
ここでちょっと注釈。私は最近クラブには全く行っていないが、以前、パナシェのオーガナイザーさんが他の方だったとき、その方からは毎回封書でご案内をいただいていたので、数回行った。とてもお世話になっていたのに、ちょうどやめられた頃に私もビアン界から遠ざかっていて、なんの挨拶もせず失礼してしまって、今でもすごく気になっている。(Gさん、もしここを見ていたら、本当にごめんなさい!)

話を戻して。
その店で私たちが話をしていたら、しばらくしてその人も話に加わってきた。それで、
「前にパナシェに来てませんでした?」と聞くと、来てたと言う。やっぱり、と思って、その人の隣に移動して、いろいろ話をした。そのうち、その人が某マイナースポーツのアスリートの大ファンということがわかった。私は、そのアスリートのことはよく知らなかったが、そのスポーツを生で見たこともあったし、アスリート話は私の最も得意分野なので、大いに盛り上がった。

私が先に帰ろうとすると、「また絶対に来てくださいね」「今度はいつ会えますか?」と聞かれた。彼女は週末には、しょっちゅうその店に来ているらしい。
「近いうちに必ず来るから」「ほんとですか?次はまた1年後とかイヤですよ」「うん、またすぐ来るから!」と言って、それっきり、行かなかった。

なぜ、行かなかったのか。それはやっぱり、「行ったらやばいっしょ」と後で思ったから。
ずっと前にパナシェで1度見かけただけで彼女のことを覚えていたのは、私の好みのタイプだったから。見た目タイプで、話してみたら意気投合、次はふたりで会う、なんてことは絶対まずいと思った。
でももし私に彼女がいなかったら・・・「今度いつ会えますか」と聞かれた時点で、速攻日にちを決めて、アドレス渡して、落ち合う約束をしていたと思う。そう、私は積極的だから!(笑)

この経験から考えると、2丁目での出会いは、数は少ないものの、やっぱりありだと思う。数ある出会いのツールの中のひとつとして考えれば、いいんじゃないかと思う。出会いはなくて当たり前、もしもあったら超ラッキー!くらいの感じで、2丁目に行けばいいんじゃないかと思う。

■「今なぜ2丁目」
いろいろ書いたが、ほんとに今は、年に数回しか行かない2丁目。(今月は行きます!)
行かなくなった理由は、ネットを通じて友人がたくさん出来て、その友人たちに会うのにわざわざ2丁目まで行かなくてもいいから。よくビアンの友人と会うのは、渋谷か横浜。(単に私が出やすいから)
もっとローカルな街でもしょっちゅう会う。先月、ビアンの友人と2回、土曜にランチをしたが、2回ともうちの最寄の駅前のお店。ローカル過ぎだろ!(笑)

でも私にとって、ビアンの友人と会って、ご飯を食べたりお茶したりお酒を飲んだり・・・というのは、何も特別なことじゃなくて、日常のひとこまだと思っている。だから、ストレートの友人たちと会うのと同じように、そこらで会いたい。
その一方で、2丁目が活性化してほしいとも思う。ビアン、ゲイが、目に見える形で外にどんどん出て行くためにも、拠点として、2丁目が常に賑わって、活性化していてほしい。

今はもう、2丁目が唯一の出会いの場ではないから、出会い+「何か」を提供する場であれば、もっと人も増えるんじゃないかと思う。
たとえば世界中のLGBT関連の本や雑誌を集めた本屋とか、私がamazonで買い集めているようなDVDやCD専門のお店とか、♀♀、♂♂アクセサリーのお店とか、朝からやっているカフェとか・・・実現可能かどうかは別として、そうしたお店があれば、何度も2丁目に足を運ぶのに。
あるいは、何か面白い、画期的なイベント。具体的にと言われるとちょっと思い浮かばないけど、ディープな2丁目ビジターだけじゃなく、ビギナーもせっせと足を運びたくなるようなイベントがあればいいのに。
私の印象では、ディープなネットユーザーのビアンはあまり2丁目には行かず、ディープな2丁目ビジターはネットにあまり熱心でない。(両方バリバリ!という人も中にはいるが)
ネットを活用して新規開拓、というのは、まだまだ可能だと思う。

たかが2丁目。されど2丁目。私の人生を変えたとも言える2丁目。
私が初めて行ったのも、大学4年の8月だった。
行こうか、どうしようか、と迷っている方は、この夏、ぜひ足を運んでみては。
きっと何も変らない。でも変らない自分に出会うだけでも、きっと意味のあることだと思う。

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2008.07.10 Thu
47ってなんの数字?

・・・47、あたしの年齢よ!!!

何かやけっぱちになっているんだろうか、koo。 いや、そんなことはない。
別に、もうすぐお誕生日、というわけでもない。
先週、数年ぶりにビアンのある友人に会った。そのとき、ブログのプロフィールのところに、「二丁目デビューは20ン年前」と書いてるのに、年齢を書いてない、と言われた。
私は普段から、年齢は全く隠していない。ネットデビューしたのが38で、それ以来、ずっとどこでも年齢は言っている。
このプロフィールに年齢を書かなかったのは、「47」という数字を見ただけで、「うわ!うちの母親と同じだよ!」と、ウインドウの×を思わず押す人がいるんじゃないか、と思ったから。そこまでいかなくても、なんとなく読む気が失せる、とか。
「47」という年齢から、「東欧美女にウハウハ!」という内容は想像しないだろうし。

ああ、すっきりした。
でもあと3ヶ月で、48だ。

その友人と楽しいひとときを過ごし、家に帰ったら、メールが来た。
「久々に会ったkooさんは、中性になっていた。」
へええ、そうなのか。自分では全くわからないけど、最近久々に誰かに会うと、必ず同じようなことを言われる。きっと、本来の自分に返ったんだと思う。
若い頃はすごく中性的だった。ボーイッシュと言うより中性的。Anne Lenoxが大好きで、めっちゃ好みのタイプで、でも自分もあんな感じになりたかった。ベリーショートで、おしゃれして。
私の中では、性の意識がかなり希薄。「自分は男だ」と思ったことは1度もないけど、「自分は女だ」という意識も薄い。「自分は人間だ」という意識しか、あまりないように思う。

いつから私の雰囲気が、変っていったんだろう?
母親になってから?いやそうじゃない、あの頃からかなあ・・と思う。
それについて、少し長くなるけど、書いてみたい。

これもまた先週会った友人の言葉だけど、以前、「なんで結婚したの?」と私に尋ねたら、「時代がそうだったのよ!」と答えたという。(全然覚えていないが)
時代のせいにするわけじゃないけど、私と同年代のビアンの人は、1度は結婚していた人が、すごく多い。私のように子供がいれば、それとわかるけど、いなければ、言わなければわからない。でも、本当に多い。
同年代のたいていのビアンの人にとって、若い頃、自分がlesbianだと自覚したとしても、自分以外のビアンに会う機会など、皆無に等しかった。自覚したところでどうにもならない、という思いで、結婚していったんだと思う。
私の場合は少し違って、2丁目にもし行かなければ、結婚することはなかったと思う。行って、ものすごく失望して、これなら一生セクシュアリティを隠しても、ストレートの世界に生きた方がまし、と思った。少なくとも、そこには気の合う仲間がいる。

結婚して子供が生まれて母親になれば、きっとlesbianも治る!
と結構真剣に考えていた。
ところがーー。

妊娠中は、天国と地獄。
日に日におなかは大きくなり、おなかの中の子供も動き始めた。それは私にとって、このうえない、幸せだった。それなのに、なぜだか道行く女性に目が行って、目が行って。頭の中は女性でいっぱい。いや、もっと正直に書こう。
女性とsexしたい!!!その思いでいっぱいになってしまった。
相談する人もいないから、私は絶対に頭がおかしい、異常だ、とずっと思っていた。
多分、私にとって妊娠ー出産は、本来のlesbianというセクシュアリティを閉じ込めるための最大の手段だったはず。でも閉じ込めようとしたことで、余計にそれが噴き出してしまったんだと思う。

それなのに、よくふたりも産んだなあ、と思う。私なりに、いい母親でいたい、という思いで一生懸命だったような気がする。
前のサイトにこの頃のことを書いた一文があり、それが手元に残っている。

  子供たちは心から可愛かった。
  その生命が誕生した時、言葉では表現できないくらい感動し、愛しく思った。
  日々成長する彼らは、私に限りない喜びを与えてくれた。
  にもかかわらず、どうして私は不幸だと感じるのだろう。

  今も忘れらない風景がある。
  次男が生れて、両親と共に、家族みんなで出かけたお宮参り。
  春のとても麗らかな日だった。
  暖かな陽射しを浴びて、みんながにこにこしていた。
  私の腕の中で眠る次男。父親に手を引かれ、私を見上げる長男。
  これ以上、何を望むことがあるだろう。
  私は世界一、幸せだ。
  そう思った瞬間、悲しくて悲しくて、泣き出しそうになった。
  何故こんなに満たされない思いがあふれてくるのだろう。
  何故こんなに幸せなのに、偽りのように感じる自分がいるのだろう。
  本当は、自分が1番答えを知っているはずだった。

答えを知っていても、今さら引き返せない、と思っていた。

この次男が生まれて2年後、とてもショックなことがあった。
an-anをぱらぱらめくっていたら、
「日本初、WOMEN ONLYイベント・Monnalisa開催!」
「lesbian、bisexual歓迎!」
えーーーーーー!マジですかーーーー!?

遅いよ、もうふたりも産んじゃったよーーー!!!

モナリザは、ゴールドフィンガーの前身。紹介文を読んでも、以前私の行った2丁目とは比較にならないほど、おしゃれな雰囲気。ここなら、きっと同じような仲間とも出会えたのに。8年の間にこんなに状況が変るなんて、思いもしなかった。あと数年早く、こうしたイベントをやってくれてたら・・・。本当にショックだった。
でもこれは、母親としてやっていけ、ということだろうと思った。

翌年、長男が幼稚園に入り、私の母親ライフも充実。のはずが。
今度は、子供の同級生のお母さんと、恋に落ちてしまった。
ナニヤッテンダーーーー、koo。
相手は私とよく似た雰囲気だった。ショートヘアで小柄で細くてちょっとボーイッシュ。
美大出て、デザイナー。いかにも?(笑)

その恋が終わったとき、苦しくて苦しくて、どうしようもなかった。誰にも話せなかったので、余計に苦しかった。
その時期、ビアン物の本やビデオを借りまくった。(それは今に生かされている)
そして、ラブリスを購読し、イベントに行き、2度と行くこともないと思った2丁目にも行くようになった。
ところが今度は、長男の精神状態が不安定になってしまった。そりゃそうだ。母親、心ここにあらず。影響が出ないはずがない。
ずっと悩んで、また元の生活に戻ることに決めた。私なら、40になっても50になっても、恋愛は出来る。そこから人生をやり直すことも出来る。でも子供の大事な時期は、2度と戻って来ない。そう思った。

やるときはいつも徹底してやる性格なので、あらゆるものを処分した。
ビアン関連の本やビデオ、出会ったたくさんの人たちの連絡先、そして最後までなかなか捨てられなかったけど、手紙。これらを全て処分した。
そして、今、思う。

やっぱ、捨てなきゃよかった!!!!

その頃出会った人たちと、また会ってみたい、と最近とみに思う。でも、連絡先がわからない。私より年齢が上の人が多かったので、ネットもしていないんじゃないか。
まあでもそのときは、それが最善の策だったんだろう。

でも、物を処分するだけでは不充分だと思った。
その頃、これはちょっとまずい状況なのでは?と思うことがよくあった。近所の母友達から「私、女性の方が好きみたい」とカムアウトされたり、「一緒にいると妙な気分になる」と言われたり。
これはもちろん私が素敵なわけでもモテるわけでもなく、ビアンっぽさ、ビアンオーラがあったからだと思う。普通の主婦の中に「実はガチレヅ」の私がいて、恋したことでさらにオーラが増殖し、潜在的ビアン主婦と言うのか無自覚ビアン主婦と言うのか、とにかく予備軍主婦の人を刺激したんだと思う。
そのときもそう分析し、とにかくビアンっぽさを消そう!!と思った。
それから暫く髪を伸ばしたり、スカートをはいたり、今思うと涙ぐましい努力をした。

それで、なぜ今、私はここにいる?
そこから離婚するまで、本1冊書けそうなくらい、様々なことを経験した。それについては、また書ける機会があれば、いつか書いてみたい。
ともあれ、かつての私は、子供たちが大きくなるまでは、普通の(何がフツーか?という議論はさておき)母親らしく・・・と、絶えず意識の中にあったと思う。(そんな意識があるところが、もう既に一般的母親像からは外れているんだが)
子供の高校の卒業式のとき、まわりのお母さんたちは、みな涙ぐんでいた。
でも私は嬉しかった。心から嬉しかった。嬉しくて、式の間中、ずっとニコニコしていた。
これからはもう、子供第1に、と考える必要はない。
PTAもなく、母親らしく、と意識する必要もない。
万歳三唱!!!!!
したい気分だった。スマン、息子たち。

友人と久々に会って話をしたことで、忘れていたいろいろなことを思い出した。
でも、母親であるという事実は、この先もずっと消えない。
今、私の中にあるのは、いつか彼らに本当のことを話さないといけないんじゃないか、ということ。老いた母にカムアウトする気は全くない。でも子供たちには、いつかしなければいけないんじゃないか、と思っている。話すなら、最初から全て、正直に、話したい。
それによって、私が軽蔑されたりそっぽを向かれるかも、というのはどうでもいい。それは覚悟の上。でも、親としては、やっぱり子供たちを傷つけたくない。まともに話せば、きっと傷つくだろう。

一体いつ、どうやって、話せばいいいのか。
47歳、悩みは尽きない。

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2008.03.23 Sun
タチネコ今昔物語1、2と来て、3を書こうと思っていたけど、何日も日が経ってしまった!
今月は、有り得ないほど忙しくて、ちっとも更新が出来ない。4月になれば、また元のペースに戻ると思う。あと1週間、なんとか乗り切りたい。

さてタチネコ・・・まずは、本当に必要か?と思う。
若い人ほど、タチネコにこだわっている、と言うより、それが当たり前、そういう世界なんだ、と思いこんでいるように見える。この世界の入り口にタチネコがあったので、素直にそれを受け入れ、「タチです」「ネコです」と言ったり、人に尋ねたりしているように見える。
でももし本当にlesbianにタチネコが必要なら、私たちの年代(プレ・ヴィンテージ世代)ともなれば、もうこの道ン十年、タチネコにも年季が入って、「タチの師匠」やら「ネコの免許皆伝」やら、ごろごろいるはずだ。でも実際には、「タチネコ?いらないんじゃない?」「こだわる必要ないよ」「どうでもいいわー」と言う方たちばかり。

以前知り合った方で、私より少し年上、若い頃はオナベさんもやっていたという、男らし~~方がいた。その方も、「タチネコ?必要ないよ」と言ったので、おっ、と思った。
そして、「彼女(タチさん)が全然触らせてくれないんです」というカップルさんに、
「タチの見栄を捨てろー!自分も若い頃は相手に触らせなかったけど。とにかく一度、相手に身をゆだねてみてごらん。人生、180度変るから!」
へえぇぇぇ。
いいなあ、私もそんな、人生変るような、めくるめく経験をしたいものだ。
・・という話ではなく。タチの見栄なんてあるんだ?と思ったが、その方の言おうとしていたことは、sexに限らず、タチはタチらしく・・・なんて、自分で自分を縛らない方がいいよ、ということだったと思う。

タチらしさ、ネコらしさなんて、あるのかな?多分、幻想じゃないか、と私は思っている。
タチは男らしく、ネコは女らしく、タチはネコをリードして・・・なんて、それじゃあまるで60年代のアメリカだ。
私の場合、女らしい楚々とした綺麗なおねーさんを見ると、抱かれたい!と思い、ボーイッシュで少年っぽい人を見ると、よしよししたくなる。
なぜって?それは、一見女らしい可愛らしい人ほど、中身は強くてたくましく、一見ボーイッシュな人ほど、繊細と言うか弱い人が多いから。
この道ン十年、見た目なんかにだまされないわよ~っ!と、いつも思って(用心して)いる。

そもそも、こうしたsexの好みを、自己紹介で「タチです」「ネコです」と言ったり、初対面やそれに近い相手に、いきなり「タチですか?ネコですか?」と聞くのは、とても不思議な行為だと思う。ストレートの人が、自己紹介で好きな体位を言ったり、相手に聞いたりするのと、同じだと思う。
かつて日本には、レズビアンはいないも同然だった。レズビアンと言えば、ポルノ。私がいまだに「レズビアン」という言葉を使うのに、少し抵抗と痛みを感じるのは、長い間、「レズビアン」=「ポルノ」で、手垢にまみれた言葉だったから。でも、そうじゃない、レズビアンは生身の人間で、あなたたちのすぐ横にいる存在だ、それを知ってほしい、というのが、全てのレズビアンに共通した想いだったと思う。
ここ10年ほどで、それが現実になってきたわけだけど、その入り口にタチネコがあり、挨拶代わりに「タチです」「ネコです」と言っている限り、やはりレズビアンは特殊な存在だ、と思われても仕方がない。自ら、レズビアンは性的な存在だ、と言っているようなものだから。本人に、全くその気はなかったとしても。

恐らく、若い世代を中心に、これだけタチネコという言葉が浸透したのは、ネットの普及と共にビアンの世界が広がったからではないか。顔の見えない者同士、手っ取り早く自己紹介し合うのに、タチネコの言葉は便利だったに違いない。
でも本当は、人と出会うのも、自分を表現するのも、sexも含めて相手とより良い関係を作っていくのも、そんなに手っ取り早くはいかない。
アメリカで、ブッチとフェムが、単に見た目や行動を指す言葉に変化していったように、そろそろ日本でも、タチネコ、変化の時じゃないか?と思う。

~~~追記~~~
メルブルさんのコメント見て、あ、しまった、忘れてた!と思い出した。
私がタチネコを好きじゃない理由のひとつに、「だってダサいんだもん」がある。
タチネコという言葉の響きも、概念も、みんな古くさくて、ダサいイメージ。
昭和のかほり。
とでも言おうか。まあ私はばりばり昭和の生まれで育ちだけど。
元祖タチネコのイメージといえば、「じゅん&ネネ」。

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60年代後半から70年代はじめにかけて、「レズビアン風デュオ」として、一世を風靡した二人組。歌詞も雰囲気も妖しいイメージで、レズビアン風が売りだった。
まだ小学生だった私が、タチ(男役)、ネコ(女役)という言葉を知ったのも、このじゅん&ネネを通じて。
一度は死語になりかけた、そんな昭和な「タチネコ」を、おしゃればっちりでクラブ通いの若いlesbianが、いまだに使っているのが、なんとも不思議。

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2008.03.08 Sat
タチネコを考えるとき、アメリカでの歴史を見ると、非常に興味深い。

■60年代アメリカ
アメリカでも、60年代までは、lesibian=Butch/Femmeの時代だった。外見、振る舞い、sex全て含めて、butchかfemmeに色分けされた。
butchは男っぽい外見、振る舞い、そしてsexでは攻め側。femmeは女らしい外見、振る舞い、sexでは受け側。このbutch-femmeの出会いの場はlesbian barだったわけだけど、(1)でも書いたように、working-classのコミュニティにのみ存在した。middle、upper-classのlesbianたちは、どうしていたんだろう?と思うが、そもそも60年代にはソドミー法があったし(同性間でのsexが法律で禁じられていた)、恐らく「ウーマン ラブ ウーマン」の第1話のように、ひっそりと人知れず、愛を育てていたんだろう。

"Well, what are you--butch or femme?"
新しい人がバーを訪れると、まずそう尋ねられたという。そして、多くの人は、答える代わりに逃げ帰った。そこには性的な意味合いが、多分に含まれていたから。
そこを突破した者だけが、晴れてコミュニティに参加することが出来た。でも実際には、多くの人にとって、どちらかを選択するということは、非常に困難なことだった。中には、やはりどちらにも属せないという人や、相手によって性役割をスウィッチするという人も出てきた。そういう人は「kiki」と呼ばれ(差別用語)、物笑いの種になった。
同時に、「butch-butch」「femme-femme」の関係も、絶対タブーだった。が、時にそうしたカップルが生まれることもあった。

「kiki」、「butch-butch」、「femme-femme」は、このButch/Femmeという整然たるlesbian社会の規範を乱す者、lesbian社会の「Queer」と見なされた。物笑いの種になるだけでなく、村八分になったり、コミュニティから追放されることもあったという。
「kiki」・・・を「レズビアン」に変え、「lesbian社会」を「ストレート社会」に変えると、そっくりそのままbutch/femmeが当時の世間から受けていた扱いと、同じになる。
差別された者は、差別をする。レズビアンに限らず、どこの社会でも繰り返されることだけど、切ない。

■フェミニズム以降(80年代~)
70年代初頭から吹き荒れた、フェミニズムの波で、状況は一転する。それまで主役だったbutch/femmeが、undergroundへと追いやられる。
しかし80年代に入って、復権し始める。再びbutch/femmeを名乗る人たちも出て来た。でも復権と言うより、もう多様性の時代に入っていたから、identityとしてのbutch/femmeを選ぶも良し、選ばないも良し。大多数のlesbianにとっては、「identityとしてのbutch/femme」は必要のないもので、単に外見や振る舞いがボーイッシュな人やフェミニンな人を指して、「butch」「femme」(ブッチっぽいね、など)と言うようになっていった。
でも一部(恐らくごく一部)、identityとしてbutch/femmeを名乗る人たちは現在もいて、彼女たちはネットを通じてコミュニティを作ったり、ゲイプライドに参加したりしている。
こちらに、その写真があるが、やはり年配の人が多いようだ。他にも、なぜこんなにbigな人たち(横に)が多いのか、とか、左から3番目の人がいい味出してる、とか、気になる点はいくつかある。

まあそれはともかく。butch/femmeコミュニティのサイトを見ると、今はもう、これがbutch/femmeだ、というような決まりはないようだ。そして、「butch、femme、stone butch、stone femme、butch-butch、femme-femme...全てwelcome!」となっている。
「stone butch」とは、sexのとき、相手に絶対触らせない、相手を喜ばせることが喜び、という人たちで、Leslie Feinbergの著書「Stone Butch Blues」(ストーン・ブッチ・ブルース、93年)で広く知れ渡った。

  butch

この本は、数年前にU.S.amazonで、お薦めに入っていて、知った。表紙の写真は作者のFeinbergだけど、最初、男性なのになんでブッチなのかなあ?と思ってしまったほど、男らしい。この表紙の印象で、Feinbergの自伝と思われがちだけど、フィクション。そして、Feinberg自身はトランスジェンダーの活動家。
そのためか、stone butch=transgenderと思われる向きもあるが、そうではない。
女性だが非常に男性的で、「男?女?」と聞かれ続けた主人公は、最初、性を変えるためにホルモン注射を打つ。が、どうしても性を変えることへの違和感が取れず、それはホルモン注射をやめるまで続く。

「stone femme」は、「死んでも触りません!」という人たちなのかと思った。もしも、stone femmeどうしが恋に落ちたら、どうなるんだろう??と心配したが(するな)、単にstone butchと付き合う人のことをstone femmeと呼ぶようだ。
stone以外のbutch/femmeには、これといった決まりもない。ならば、単純に「lesbian」でいいんじゃないかなあと思うけど、その人がそれをidentityとすることでその人らしくいられるなら、それでいいのだろう。

(タチ・ネコ今昔物語(3)に続く。)

今回の主なソースはこちら

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